<第一話・怪死>

3/4
前へ
/147ページ
次へ
――うう、臭い……この中全部探すのかよ、うう……。  こんなところで暮らしても片付けない、平気になってしまっているのだとしたらそれはもう、セルフネグレクトを疑った方がいいということだろう。自分自身に関しての感心や気力が一切失われてしまう状態だ。適切な食事、衛生管理、ベッドで気持ちよく寝る、お風呂に入る――本来生きていくために必要なことをする元気が底をついてしまうとでも言えばいいだろうか。心の問題であったり、体の不調であったりと原因は様々である。  此処に住んでいるのが、八十代の独居老人であることを考えるなら、余計にその可能性は疑ってもいいだろう。  気になることがあるとすれば、その人物――坂口甚太(さかぐちじんた)は、数年前までぴんぴんしていたということであるが。  この屋敷の状況がここまで悪化したのは、僅かこの一年と少しのことなのである。二年くらい前までは、普通に近隣住民とも交流があった。独居老人とはいえ、周囲が見回りする必要もないほどに元気な人物であったのである。それも、訪れた人様にゴミと罵声を投げつけるような人間ではない。穏やかで優しい、近くの小学校の交通安全の見守り活動にも参加するような人物であったのだ。  だからこそ、皆が急に家に引きこもり、それもゴミ屋敷を形成するようになった彼に対して心配していたのである。ゴミが溢れて迷惑というのもある。が、それ以上に中で酷いことになっていたらどうしよう、というのが住民達の本音であるようだった。いくら汚い場所であっても、気持ち悪いと思っても。市の職員として、そういう住民達の気持ちを蔑ろにするのは、少々胸が痛むというものである。 ――ほんと、何があったのかな。奥さん死んでからも元気だったみたいだし、一人で旅行とか行けちゃうくらい足腰も丈夫だったっていうのに。旅行先で、何かあったのかね。  最後に、栃木県に旅行に行ったらしいという話は聞いている。そのあとから塞ぎ込むようになり、家から出てくる頻度がどんどん減っていったらしいということも。  ゴミの廊下をゆっくりと進み、左右の襖を睨む。多くの部屋は、ドアや襖が開きっぱなしのまま閉じることともできない状態になっているらしかった。左手にキッチン、右手に和室――があったらしいということはわかる。一応中を覗いたが、外から見える範囲で何かがあるということはなかった。  ドン! 「!」  突然、頭上から大きな物音。何だ、と思って天井を見上げる松田。気のせいか、と思った矢先にもう一度同じ音が鳴った。何かが落ちる――いや、殴るような音、だろうか。
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加