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鬼と私の攻防戦から始まる序章
「ふーじーなーみー」
地獄の底から響くようなドスの利いた声に、私の背筋がピシッと固まる。
「は、はいっ」
「この見積書、午前中に作れって言ったよなぁ?」
はい、確かにおっしゃいました。
だから間に合わせるべく、必死で作っております。
「今の時間は何時だ?ああ?」
だから、そのヤンキーみたいな聞き方、やめて欲しい。
私は震える声で答えた。
「12時10分です」
「午前中ってのは正午を過ぎても言うのか?
ちんたらやってんじゃねーよ!
時間がねーから、俺のパソコンに出来たところまで送っとけ!」
「は、はいぃ!」
私は9割がた出来ている見積書を保存すると、彼のパソコン宛に送る。
他に、何か手伝うことがあるだろうか、と彼の方を恐る恐る見ると、ぎろっと睨まれた。
「人がいると気が散るんだよ!
さっさとどっかに行け!」
「す、すみません」
私は慌てて机の横のバッグを取ると、事務所から逃げ出した。
怖い、本当に怖い。
あれは人間じゃない、鬼だ。
私は決してちんたら見積書を作っていたわけではない。
課長から押し付けられた領収書の束(経理から今日が締め切りだと言われている)の整理、他の人から頼まれた書類の作成(今日に限って、どれも急ぎ)などにかかっているうちに、見積書の時間がどんどん減っていったのだ。
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