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それからはもう、本当に夢を見ているような出来事の連続だった。宝塚歌劇団のキラキラした舞台に、ヒノキの一枚板でできたカウンターの鮨屋。江戸前の新鮮なネタ、メニューには値段が記載されていない。回らない鮨屋は一体、何年ぶりだろう。どのネタも頬っぺたが落ちるほどおいしくて、夢から覚めたら、そのまま死ぬんじゃないかと、祐子は怖くなるほど......。至福の時間が流れる。
しかし、翌日も祐子は生きて、『夢』を見ていた。一宿一飯の恩義ではないが、祐子はリビングのソファで眠る男を起こさないように、朝食を作る。ありきたりのメニューではあるが、ごはんに味噌汁、焼き魚にホウレンソウの白和え、ひじきの煮物など。即席でセロリの漬物も作った。すると、夫を名乗る男はやけに感動して、「おいしい」を連発しながら食べてくれた。
「ユウコさん、何? そんな見て。僕の顔になんかついてる?」
「ううん。理想的な旦那様だなと思って」
「どこが?」
「結婚して二十年弱、嫁の料理に『美味しい』を連発する旦那なんて、普通いないから」
「僕はいつも言ってるよ」
「ウソでしょう。いくら美味しい料理でも、それが続くと、当たり前の、ありきたりの味になっていくものよ」
「そうかな」
「そうよ。それが結婚ってもんでしょう。相手が死ぬような病気になったら、別かもしれないけど」
「......死ぬ」
この時、男の顔が刹那に歪んだのを、祐子は見逃さなかった。
「やっぱり、私、死ぬのね? 夢から覚めたら。ううん、もう死んでるのかもしれない。お前はすでに死んでいる?」
と、自問自答をしていると、「ケンシロウか!?」男は思わず、噴き出してしまう。しかし、祐子は大真面目だ。夢みたいなことが続くので、そんな気がしてならないのだ。頬もつねってみる。
「ユウコさん、最高だなぁ。こんな笑ったの、どれくらいぶりだろう」
男は苦笑しながら、死なないためにも、今日はマンション内にあるジムへ行って健康的に過ごしたらどうかと、『妻』に提案する。彼は今日一日、都内の大学病院で仕事らしい。
祐子は男を送り出した後、エプロンをつけて掃除と洗濯をした。とはいえ、2人暮らしの家事は昼前には終わってしまい、時間を持て余す。祐子はすることもないので、『夫』の提案通りジムへ行くことにする。
「伊藤様、お待ちしておりました」
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