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と、助手席に乗り込んできたのは、いつものメタボ旦那だった。無精髭が少し伸びて、ボリボリ腹を掻いている。夢から覚めたというよりも、魔法や催眠術がとけたような、なんだかもやふわっとしている。その効果か、メタボ旦那も『夢の国の』三枚目キャラクターに見えて、愛しくも感じられた。祐子は「お帰り」と助手席の旦那に笑顔を向ける。こうやって、夫を笑顔で出迎えたのは、久しぶりのような気がした。
「帰ったら、お茶漬け食べる?」
「焼酎つきで?」
「まだ、飲むの? でも、いっか。今日は私もいただいちゃおうかな」
「いいね、夫婦の時間」
珍しく夫婦感も醸し出た。ところが、次の瞬間、メタボ旦那が大きなゲップをした。まるで、祐子の夢や魔法の残り香をきれいさっぱり吹き飛ばすように......。
「やだ、やめてよ~」
「しょうがないじゃないか。生理現象なんだから」
「......しかも臭いし、息」
目の前にいる男は『夢の国』のキャラクターではなく、まさしく絵に描いたオッサンだった。ゲンナリしかない現実。でも、戻ってきたかった現実。今日は許してやろう。こうして、祐子の『夢』はハッキリと覚めたのであった。
* * *
祐子の朝は早い。ラグビー部の朝練で早くに登校する長男のために、朝五時から朝食と昼の弁当を作る。四十歳を過ぎると、脂のにおいだけで胃もたれするのに、日も出る前から唐揚げやトンカツを揚げて、茶色い系のおかずをてんこ盛り。朝練と昼休みの間に食べるおにぎりも準備した。今日の具は夫が出張から買ってきた、高菜明太子。息子は母の愛を知らないだろう。具を二日続けて同じにはしていないことを。
長男の翔平が寝間着姿のまま、自室のある二階から降りて、キッチンに入って来る。
「......どいて、邪魔」
「邪魔って。その前におはようでしょ!」
しかし、翔平は母の言葉などスルーして、冷蔵庫を開けて牛乳をがぶ飲みする。牛乳パックから飲むなんて、うちでは誰もしないのに、どこで覚えてきたんだろう。最近、体毛も濃くなって、むさくるしい、いわゆる「男」になってきた。あの可愛かった赤ちゃんが......、できれば、羽生結弦選手のような王子様系に育って欲しかった。すると、翔平が大きなゲップをした。父親とソックリだ。仕方ない。私と夫の子なんだから、王子様なんて望む方が間違っていた。
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