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「パジャマもかわいそうなくらい、よれよれじゃん」
「お袋も不幸だな。あんな奴と結婚して」
「......ホント、かわいそう。私はパパみたいな人とは絶対に結婚しない!」
......私が不幸? かわいそう?
子供たちがこんな風に両親を見て、考えていたなんて知らなかった。世間にどう見られていても構わないが、子供たちに人生を否定されたことに、祐子はショックを受ける。だけど、イチイチ落ち込んでいると、疲れるだけ。
深夜、祐子はいつものように車で駅へ向かい、いつものように駅のロータリーで車を止めた。しかし、ラジオはつけない。ハンドルに突っ伏して、泣くだけ泣いた。私の人生って、何だっただろう、と。
しばらくして、助手席のドアが開いた。「ただいま!」その声の主は一瞬、夫を名乗ったあの男かと思った。祐子はハッとして、顔を上げる。しかし、助手席に乗り込んで来たのは、いつものメタボ旦那だった。妻の涙にも気づかないで、「疲れた」を連呼する夫。これが現実なんだと、祐子は涙を拭い、車を出発させた。そして、いつものように交差点を左に曲がる。もう、あの男に会うことはないのだと思った。そう、夢だから――。
ところが、二週間後の水曜日のことだった。
「ただいま、祐子さん!」
と、あの男が車のドアを開けて、助手席に乗ってきた。祐子は驚きつつも、俄かに心が躍る自分がいた。前回のように、「誰?」「誰って、僕だよ」のくだりは少しだけ短めに切り上げて、彼の運転で湾岸のマンションへ。その日の夜は一杯だけだが、前回、叶わなかった赤ワインのボトルを開けてもらい、2人で夜景を見ながらお酒を飲んだ。
翌日は夫と名乗る男と房総へドライブし、早春の花畑で花を摘み、道の駅では枇杷のソフトクリームを食べて、朝どれの野菜や海鮮物を買ってきた。
その日の夕食では、房総で摘んできた花をダイニングテーブルに飾り、房総で買った食材で彼と一緒にアクアパッツァを作った。教育資金を貯めるため節約生活を送る祐子には食卓に花を飾るといった発想はまるでなく、食べ盛りの息子を持つためアクアパッツァなどシャレた料理など作ったことなどなく、ましてや、仕事人間のメタボ旦那とキッチンに並んで立って料理することもなく、とても新鮮な出来事ばかりだった。
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