ふたりの夫、ふたつの生活。あったかもしれない、もう一つの人生

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 義父が和孝から、「祐子の実家の父が倒れた」と聞かされたのは、この冬のこと。そして、祐子は実父の看病のため三週に一度、水曜から金曜にかけて実家のある長野に帰ることになったという。その代わりとして、ユウコサンが来てくれていた。和孝は祐子に気を遣わせたくないので、実家の父のことを尋ねないように、また、家を空けている日のことを祐子から尋ねられても「大丈夫だ」とだけ答えてくれと、両親や子供たちに口止めしていた。おそらく、ユウコサンはうちにも来ているのだろう。洗濯物の干し方が、うちと実家で同じだった。畳み方は見事に祐子のを完コピしていたけれど。......ユウコサン、残念でした。 「......夢じゃなかったんだ」  水曜から金曜の出来事は、現実だった。でも、どうして......? 祐子の父は再婚した妻に骨を抜かれているものの、いまだ健在である。どうしてそんな嘘を、夫はついたのだろう。こういう時の妻の思考は飛躍する。 「まさか、あの女は夫の愛人......? 私を追い出して、愛人をうちにいれるために連れてきたとか? でも、なぜ、私は湾岸に......?」  夫・和孝の会社は、神田駅近くのオフィスビルの一フロアにあった。祐子が訪ねると、夫は留守だった。営業事務の女性が対応してくれる中、一人の男が祐子に気づいて、「伊藤くんの奥方ですか」と、声を掛けてきた。彼は和孝が所属する営業二課の課長、山内だった。白髪交じりで、和孝と引けを取らぬメタボである。営業は接待が多いから、似たような体型になるのだろうか。祐子はつい、その腹を見ながら、「いつも主人がお世話になっています」と挨拶してしまう。 「いやいや。世話になってるのは、こっちの方です」 「え?」 「今や飛ぶ鳥を落とす勢いの、伊藤くんは営業部のエースですからね。足を向けて、寝られません」  俄かには信じられない。夫は出会った頃から、お人好しで冴えない営業マンのイメージしかなかったから。しかし、課長の山内によると、今年に入ってから、ぐんぐん営業成績を上げたという。山内に促され、オフィスの壁に貼られた営業成績のグラフを見ると、和孝が所属する二課が売上トップで、その中でも和孝個人の売上はダントツなのがわかる。 「知りませんでした。家では仕事の話をしないものですから」 「賢明ですな。家に仕事を持ち込まないなんて」
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