ふたりの夫、ふたつの生活。あったかもしれない、もう一つの人生

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「頼むから、静かにして。ごめん、話すから。聞いてほしい」  と、圭一郎は伊藤家の中の様子を窺う。変わりない家族の食卓。外の異変には気づいていないようだ。圭一郎は安堵し、夫婦交換をした理由を話し始める。  圭一郎夫婦は子宝に恵まれなかったものの、夫婦二人の生活はそれはそれで幸せだった。ところが、ある日、妻のユウコさんが「子供のいる人生は、どんなだったかな」とぼそっと呟いた。不妊はどちらのせいでもなかったけれど、圭一郎は男としてふがいなく思う。  そんな矢先、帰りの電車で祐子の夫・和孝に出くわした。彼は製薬メーカーの社員で、顔見知りではあったものの、プライベートな話をしたのは初めてだった。この時、妻の名前が同じだと知って、意気投合する。そして、妻の願いを叶えたくて、今回のことを打診したのだった。  決行日は水曜の夜。事前に、圭一郎は結婚式の写真をパソコンで画像加工し、免許証と健康保険証(免許証は顔写真も貼り換える)は和孝が入れ替えた。祐子の携帯の登録を変えたのも、子供たちの写真を消したのも、和孝だった。そして、金曜の深夜、シルクのパジャマを回収し、翌朝、圭一郎の家へと送った。 「......そんな手を込んだことをして。うちのメタボ旦那もバッカじゃないの!? 営業成績ほしさに」 「それは違う。旦那さんは、僕たちに夫婦に心から同情してくれて」 「同情!? 妻の私を騙してまですることですか? 夫婦の中でもやっていいことと悪いことがあるでしょう?!」  ――「余命、1年なの」  声の方に振り返ると、ユウコさんが立っていた。 「初めまして」 「......ユウコさん?」 街灯に照らされ、初めて向き合う二人のユウコ。ユウコさんの儚げな微笑みに、祐子は飲み込まれそうになる。 「......あの、余命一年って」 ユウコさんは何かの詩を諳んじるように、言葉を紡ぎ出す。 「私の生活は、半径1キロ圏内で終わっている。しかも、それは二十年近く続いていて、きっと死ぬまでそんな感じ。人生八十年だとすると、あと四十年......? 考えるだけでゾッとする。だから、私は考えない。思考を停止して、毎日をやり過ごす、やり過ごす......」  祐子は驚いた。自分も似たようなことを考えたことがあったから。セレブなユウコさんと庶民の祐子、正反対の人生を生きている人だと思ったのに......。
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