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と、「ユウコサン」を呼ぶ声が絶えない。祐子は正直、羨ましく思う。こんな家族に必要とされ、愛されているユウコサンに嫉妬した。そして、圭一郎に大事にされているユウコさんにも。だからこそ、祐子は精一杯、いい女を気取って、
「ユウコさん、早くうちに戻ってあげて。『カゾク』が待ってるわよ」
と、うちに背を向けて、車に乗り込んだ。瞳を潤ませるユウコさん。頷いて、小走りでうちの中へ。ユウコサンの帰還に、リビングでは歓声が上がる。祐子はその声を聞きながら、エンジンをかけた。
「いいかな、僕も」
と、圭一郎も助手席に乗り込んで来る。祐子は黙ったまま、車を発進させた。
どこに行く当てもなく、祐子と圭一郎の車は結局、湾岸のマンションへと戻ってきた。いつもの癖で、玄関先でつい「ただいま」と言ってしまう。
祐子はリビングの窓から東京湾の夜景を見る。今日でこの景色ともお別れだ。
「黙っていて、ごめん」圭一郎がコーヒーを持ってきた。そして、「全部、僕のせいなんだ」と、まるで神に懺悔するかのように語り出す。
当初、和孝と立てた計画では、妻の病気を祐子に打ち明けて、協力してもらうつもりだった。ところが、祐子の写真を和孝から見せられ、急遽、計画変更を申し出たんだという。祐子にも計画を伏せよう、と。
「なんで、また?」
「......妻にもあったように、僕にももう一つあった人生を試してみたかったんだ」
「......もう一つあった人生?」
「祐子さん、僕のこと、覚えてない?」
「え?」
「本当に、忘れちゃったの? 僕はてっきり」
「待って。私たち、どこかで......?」祐子は彼の言っていることがわからない。
圭一郎は寂しい目をして、音楽をかけた。すると、スピーカーから流れてきたのは――シックス・ペンス・ノン・ザ・リッチャーの「キス・ミー」だった。
「まさか、あの時の......」
祐子の記憶がフラッシュバックする。1999年のノストラダムスの大予言、意地悪な先輩栄養士、隣人の女の喘ぎ声、唯一、心が休まる病院地下の休憩室。
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