ふたりの夫、ふたつの生活。あったかもしれない、もう一つの人生

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祐子はクスッと笑ってしまう。後で聞いた話だけれど、和孝は最初、ユウコさんの病気を圭一郎から聞いて、一緒に泣いてくれたという。昔からそういう人だった。彼のメタボな腹の中は、優しさが詰まっている。祐子はいつもと違うふうに、運転席のドアを開け、わざわざ車から降りて、夫を大きな声で呼んだ。 「パパ、ただいま!」    *     *     *  半年後――。  祐子は東京とは反対方向へ向かう黄色いラインの電車に乗っていた。週に一度、ユウコさんを見舞うのが日課になっている。今日は試験休みが重なって、息子や娘も一緒だ。  海辺にあるホスピス。真っ白な建物で、教会が併設され、神々しい印象がある。余命宣告から一年、ユウコさんは今日も笑っていた。翔平から部活の話を聞いて、最近、好きな人ができた彩佳にはマフラーの編み方を教えてあげている。病室には先日、四国の八十八か所巡りから帰って来た祐子の義父母に貰ったお守りが飾られている。皮肉にも、ユウコさんのおかげで、家族は絆を深くしていた。この時、ゴルフ帰りの二人の夫が病室へ入って来た。今日のスコアについて我先にとユウコさんに話し出す。まるで、今日一日の出来事を母親に懸命に報告する幼子のようだ。二人の妻は思わず、苦笑してしまう。庶民とセレブ――正反対の暮らしを送っていた二つの家族が一つになる。正直、祐子は自分の名前がありきたりで好きではなかったけれど、祐子と名付けてくれた父親にも感謝した。 「もしもし、お父さん、元気?」  祐子は久しぶりに実家に電話をかけた。すると、継母が出て、今度、家族みんなで『夢の国』に行こうと誘って来る。うちに泊まって宿代を安く済ませたい魂胆は見え見えだが、電話の向こうで義理の妹とその子供たちの歓喜の声が聞こえてくると、こっちも嬉しくなる。  ユウコさん、こうやって家族の輪が広がっていくんだね。あなたは決してかわいそうな人じゃない。私たち家族に生きる道標を示してくれた、大切な友達だよ。    ――なぁんて、夢のまた、夢のお話し。    ユウコさんは、ホスピスに入ってから1か月後、呆気なく亡くなった。
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