ふたりの夫、ふたつの生活。あったかもしれない、もう一つの人生

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 祐子は夫と名乗る男を観察する。いや、観察するまでもなく、その男と祐子の旦那は全くの別人だった。男は薄毛を気にする旦那と違って、豊かな髪の持ち主で、それは整髪剤でビシッと整えられている。ストライプの入ったネイビーのスーツも、お値段は夫のものと一桁違うほどお高いんじゃないだろうか。というか、何よりも下っ腹が出ていない! 似ているのは性別と年齢くらいで、うちのメタボ旦那とは月とスッポン......。 「......ん、何、そんな見て? 僕、お腹、出てる?」 「うちの旦那は残念ながら、あなたみたいにシュッとしてませんから」 「ユウコさん、どうしちゃったの?」 「それはこっちのセリフです。警察、呼びますよ」 祐子は毅然とした態度で携帯を出すが、 「警察なんてやだなぁ。いつまで、冗談、続けるつもり?」 「冗談はそっちでしょう。こんな深夜になんなんですか」 「......わかった! ユウコさん、怒ってるんでしょう。いつもお迎えをさせられて」 「そういうわけじゃ」 「さっきまで術後の管理をしてて、酒も飲んでないから、変わるよ、運転」 「え?」 「だから、早くうちに帰ろう」 と、屈託のない笑顔を向ける。祐子は不覚にもドキッとしてしまう。そして、 中年男でもこんな爽やかに笑えるんだと、感心する。一方、夫を名乗る男は車 を降りて、運転席の方へやってきた。そして、ドアを開けて、 「奥様、助手席へどうぞ」 「だから、私は」 「許してよ、ユウコさん。うちに帰ったら、ワイン開けよう」 「ワイン? うちにはそんなもの」 「いいから、早く出て」 祐子は抵抗するものの、夫を名乗る男に難なく押し切られて、助手席へ。車は瞬く間に出発してしまう。しかも、交差点で、自宅とは反対方向へ曲がって、 「待って! うちはそっちじゃ......」  祐子の夫を名乗る男の住まいは、駅から南へ車で十五分、タワーマンションの最上階にあった。彼の言う通り、夫婦で住んでいるのだろう。大理石の玄関先には、ネイビーとピンクのお揃いのスリッパ、否、ルームシューズがあった。そして、長い廊下の突き当りには、アイランド式のキッチンとリビング。リビングは一体、何畳あるんだろう。大きなテレビに、大きなソファ、そして、観葉植物が何鉢も......。新聞のチラシで見たモデルルームのような、オシャレな
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