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と、そのまま、眠りに落ちてしまう。これが悪い夢だとしたら、朝になれば、きっと覚めるだろうから......。
翌朝、祐子が起きたのは、午前8時を過ぎていた。
「やだ、遅刻しちゃう。翔平、彩佳、起きて! 起きなさい!!」
と、部屋を飛び出ると、
「ユウコさん、おはよう」
男がリビングで観葉植物に水をやっていた。いみじくも、夢は覚めていなかった。
「ごめんなさい、帰らないと」
「帰るって、どこに?」
「うちに決まってるでしょう。お弁当、作らなきゃ。おばあちゃんちにぬか漬けを持っていく約束もしてるのよ」
祐子はソファの上に置いてあった自身のバッグを手に取って、踵を返した。すると、その腕を、男が掴む。
「おばあちゃんは去年、死んだだろ?」
「......うそ?」
男は、祐子の肩を抱く。
「それに、ユウコさんのうちはここだよ。どこに帰るって言うの......」
「......だから」
「今日は休みだから、僕が朝メシを作るよ」
「すごいんですけど......」
卵掛けごはんしか作れない、うちのメタボ旦那とは全然違う。男の料理の手際は、玄人はだしだった。フレンチトーストを焼いて、色とりどりのサラダを作って、習志野ソーセージをさっとボイルする。スープも作ってくれた。よく見ると、サラダには赤紫のビーツ、スープは星型のオクラとレンズ豆が入っている。まるでホテルの朝食のようだった。コーヒーも手で豆を挽いて、ハンドドリップでいれてくれる。
「いい香り......。フレンチトーストも、おいしい。お店みたい」
「ありがとう」
と、不意に落ち着いた時間が流れる。子供がいないと、こうも静かなのか......。
「ユウコさん、今日の観劇の後だけど」
「観劇?」
「宝塚」
「......た、たからづか!?」
思わず、祐子は声を上げ、立ち上がった。
「どうしたの? そんな興奮して」
「た、た、宝塚って、あの宝塚歌劇団!?」
「毎月、行ってるでしょう。東京の本公演」
「ウソでしょう!?」
「ユウコさん、声が大きいって。ヅカファンなのはわかるけどさ」
「なんで、知ってるの? 私がヅカファンだなんて」
祐子が宝塚歌劇団のファンだったのは、独身時代のこと。子供たちも知らないことである。
「だって、僕たち、夫婦でしょ?」
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