ふたりの夫、ふたつの生活。あったかもしれない、もう一つの人生

7/28
前へ
/28ページ
次へ
と、そのまま、眠りに落ちてしまう。これが悪い夢だとしたら、朝になれば、きっと覚めるだろうから......。  翌朝、祐子が起きたのは、午前8時を過ぎていた。 「やだ、遅刻しちゃう。翔平、彩佳、起きて! 起きなさい!!」 と、部屋を飛び出ると、 「ユウコさん、おはよう」 男がリビングで観葉植物に水をやっていた。いみじくも、夢は覚めていなかった。 「ごめんなさい、帰らないと」 「帰るって、どこに?」 「うちに決まってるでしょう。お弁当、作らなきゃ。おばあちゃんちにぬか漬けを持っていく約束もしてるのよ」 祐子はソファの上に置いてあった自身のバッグを手に取って、踵を返した。すると、その腕を、男が掴む。 「おばあちゃんは去年、死んだだろ?」 「......うそ?」 男は、祐子の肩を抱く。 「それに、ユウコさんのうちはここだよ。どこに帰るって言うの......」 「......だから」 「今日は休みだから、僕が朝メシを作るよ」 「すごいんですけど......」  卵掛けごはんしか作れない、うちのメタボ旦那とは全然違う。男の料理の手際は、玄人はだしだった。フレンチトーストを焼いて、色とりどりのサラダを作って、習志野ソーセージをさっとボイルする。スープも作ってくれた。よく見ると、サラダには赤紫のビーツ、スープは星型のオクラとレンズ豆が入っている。まるでホテルの朝食のようだった。コーヒーも手で豆を挽いて、ハンドドリップでいれてくれる。 「いい香り......。フレンチトーストも、おいしい。お店みたい」 「ありがとう」  と、不意に落ち着いた時間が流れる。子供がいないと、こうも静かなのか......。 「ユウコさん、今日の観劇の後だけど」 「観劇?」 「宝塚」 「......た、たからづか!?」 思わず、祐子は声を上げ、立ち上がった。 「どうしたの? そんな興奮して」 「た、た、宝塚って、あの宝塚歌劇団!?」 「毎月、行ってるでしょう。東京の本公演」 「ウソでしょう!?」 「ユウコさん、声が大きいって。ヅカファンなのはわかるけどさ」 「なんで、知ってるの? 私がヅカファンだなんて」 祐子が宝塚歌劇団のファンだったのは、独身時代のこと。子供たちも知らないことである。 「だって、僕たち、夫婦でしょ?」
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加