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「......ユニクロは着ない?」
祐子の定番はユニクロだった。
「自分のことでしょう、忘れたの?」
「忘れた」......と、いうことにしよう。
「確か、寒い今の時期、肌着は着てたけど......なんだっけ?」
「ヒートテック」
「思い出した? 二番目に分厚いやつだったよね?」
「......ふうん」おんなじだ。案外、彼のユウコさんも庶民的な所があるようだ。祐子は少し親しみが湧いた。
バーニーズでドレスアップした祐子はその近くの美容室で髪をセットして、メイクをしてもらう。日常に追われ、『女』であることをすっかり忘れ、諦めていた祐子だが、鏡の前で化けていくさまにはさすがに驚いた。鏡の中のユウコさんを見ながら、「私、女としてまだ余力あったんだ......」と、妙に感心してしまう。美容師は「まだまだイケますよ」と、目力を強くするためアイラインを引いてくれた。
ヘアメイクを終えて、受付へ行くと、夫を名乗る男は待合スペースで雑誌を店のタブレット端末で読んでいた。彼は美しく変身した祐子を見て、破顔する。
「......おかしい?」
「ううん」男は祐子に近寄って「キレイだよ。惚れ直した......」と、彼女の耳元で優しく囁いた。祐子は刹那、体の芯から熱くなる。
銀座から劇場のある日比谷まで、祐子は夫と名乗る男と並んで歩いた。千葉での生活が長くなって、東京の街に着いた時は恐れ多くて、俯きがちに歩いていたけれど、今は自然と胸を張っていられた。これが本当の自分じゃないかと、錯覚するくらい。ところが、すれ違う老婦人を見た途端、ハタと我に返る。おばあちゃん、大丈夫かな。ぬか漬けの他にも、湿布薬を買っていくと約束していた。おじいちゃんのラクダも洗わなきゃ......。
「ユウコさん、顔色良くないけど......?」
「......あの、私、帰り(ます)」
「熱がある?」と、遮るように、男が祐子の額に掌をあてる。
「やめ(てください)......」しかし、彼の掌の方が温かくて、なぜだかその温かみが彼女の心を落ち着かせた。
この時、祐子は思った。私は今、病気で眠っているのかもしれない。脳梗塞か何かで倒れ、意識不明の中で夢を見ている。それだったら、理解できる......。
「......夢なら、楽しまないとね」
「夢?」
「ううん、行きましょう」
祐子は銀座の街を再び歩き出す。
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