ふたりの夫、ふたつの生活。あったかもしれない、もう一つの人生

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 私の生活は、半径一キロ圏内で終わっている。しかも、それは二十年近く続いていて、きっと死ぬまでそんな感じ。人生八十年だとすると、あと四十年......? 考えるだけで、ゾッとする。だから、私は考えない。思考を停止して、毎日をやり過ごす、やり過ごす......。    *     *    *  新宿から黄色いラインの各駅に乗って、東へおよそ一時間、走ったところで、電車を降りる。ホームから長い階段を上がると、改札はひとつ。改札を出て右手へ行くと、高層ビルやホテル、大規模なイベント会場や野球場、巨大ショッピングモールが海辺に集う、都会的な街へといざなうバスのロータリーがある。反対に左手を出て高架橋を渡ると、一戸建てが並ぶ古くからの住宅街があった。  この住宅街に、伊藤祐子はサラリーマンの夫と高校2年になる息子、中学2年になる娘の家族四人で暮らしている。また、近所には夫の実家があって、祐子は通いで義母の介護、そして、義父の生活の世話をしていた。 「彩佳、何時だと思ってるの? 早く寝なさい」 「うるさいなぁ。今、いいとこなのに」  深夜の住宅街に、母と娘の声が響く。彩佳はリビングのソファに寝っ転がり、父から譲り受けたタブレット端末で恋愛バラエティー動画を見ている。 「朝、起きられなくてもいいの?」  思春期の娘は母の言葉などに聞く耳を持つわけもなく、動画に夢中である。  一方、二階から息子が寝ぼけ眼で「腹、減った」と起きて来る。腹が減って、目が覚めたらしい。いくら食べ盛りだと言っても、それこそ一体、何時だと思っているのか。祐子は呆れながらも、冷凍庫から作り置きの焼きおにぎりを出して、「2個までよ」と、レンジでチンする。そして、くたびれたパジャマがすっぽり隠れるダウンのコートを羽織った。 「2人とも早く寝るのよ。行ってきます」  祐子には毎週水曜と金曜の夜、最終電車で帰って来る夫を駅まで迎えに行くという日課があった。夫は都心の製薬メーカーに勤めていて、水曜と金曜には決まって接待が入っていた。
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