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「なんだ。挨拶もなしか」
野太い声がすぐそばでして真奈は背筋がぞくりとした。誰もいないと思った公園に誰かがいたらしい。それも男の声だ。中年のおじさんの声に、このあたりでは聞かない変質者のことを思い浮かべた。
「あの、すみません。誰もいないと思ったので」
きょろきょろとあたりを見まわし、そろそろとベンチを立とうとする。こういう時に限ってスマホは自宅の部屋にある。真奈のベッドの上で誰かからの連絡を受けてランプが光っているかもしれない。真奈はまだ16歳になったばかりだ。武道の経験もないし力も弱い。だけど負けん気だけは強かった。何かあれば大声を出し噛みついてやろうという気迫をみなぎらせる。
「いいってことよ。ほら。なんで泣いているか話してみろよ」
「あの、どこにいるんですか?」
真奈が視線を向ける先には誰もいない。公園前の道路にも人っ子ひとり通っていなかった。
「やれやれ、本当に失礼なお嬢さんだ。隣だよ。すぐ隣」
何かおばけとか妖怪とかそういったものに巻き込まれたのだろうか。真奈は心臓がバクバクと大きく波打つのを感じながら、ふと視線を下に向けた。
「よう」
真奈の心臓がとまる。一緒に呼吸もとまる。もしかしたら時間もとまっているのかもしれないと思った。目の前にいるのは小さな白い犬だった。足自体は細く小さい。胴体にのっかっている顔は大きい、しわが寄った顔が特徴的なブルドッグだ。そうブルドッグのような犬だった。それがブルドッグの顔ではなく人間の顔が張り付いている。中年のどこにでもいるおじさんの顔だった。
「…もしかして人面犬?」
「なんか、そういうらしいな」
あまりに驚いたからだろうか。この奇妙な犬を真奈は自然と受け入れていた。
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