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理科室
わからないことばかり持ち寄って、実験していた。
「世界は何色なのか」とか「明後日の雲の形」とか「新幹線はどこまで早くなるのか」とか。
理科室はいつもそうだった。部員はまばら。「まばら」って、漢字わかんないな。
「理科室って、それそのものが、フラスコだよね」
ある時、渚ちゃんが言った。いつだったかは覚えてない。昨日以外の過去のどこかで。
「地球は、大きな理科室なんだね」
私は、そう返した。
最終的にどうなれば成功なのか。成功もないのにひたすら実験しているのか。わからないけど、無限に続く実験の中で、被験者になるしか、生き方が無いことに、少しだけ悲しくなった。
「でも、フラスコから出る気は、ないんだ、私」
「渚ちゃんは、そういうタイプだよね。A型だもん」
「血液型、関係ないよ。波田野ちゃんが、いるからだよ」
私と渚ちゃんは、ひたすら被験されていた。被験月被験日被験曜日、被験時被験分被験秒だった。
でも、何も起きない。
「じゃあさ、私がここから出たら、渚ちゃんも、外へ行くの?」
「そうだよ。だから、この約束は、午後6時くらいまでが限界。そこから先は、夜にフラスコが壊される」
時計を見た。時計の針を見た。5時20分くらい。「ちょうど」より、すこしだけ進んでいる。
いつものことだった。いつもというほどのことでもなかった。ありふれてないくらいの、相変わらずの日常風景。
心が保存できるなら、今が良いな。でも、写真にすら撮れない。
「ねえ、私、こういう時間が、割りと好き。フラスコの外は、もしかしたら豪雨かも知れない。ここに家とバス停とコンビニと遊園地を建てたいな」
渚ちゃんは、足し算のようにそう言った。
「フラスコが、割れちゃうよ」
「そうだね。難しいなあ」
フラスコは、少しだけ曇っている。そんな気がする。
「ねえ、渚ちゃん。試しに、今日は少しだけ早くここを出てみようよ。何かあるかも知れない」
「希望的観測が、ちゃんと希望を観測出来たことって、どのくらいあるんだろう」
でも、渚ちゃんは、普通に鞄を持って立ち上がった。私もそうした。
部屋のカーテンを閉めて、電気を消した。
外に出た。
そこには、普通の夕方があった。何の変哲もない。
「どう?実験は、成功した?」
渚ちゃんが聞いてきた。
「わかんない。それなり」
フラスコの外には、大体のものがあった。でも、「普通」があったのが、一番嬉しかった。
「コンビニ行こっかー」
私はそう言って、空を見て、そして、特に何もしなかった。
渚ちゃんは、「唐揚げ買うー」と、言っていた。
コンビニは近い。近未来だ。歩いて行こう。
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