家族ごっこ

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瞬く間に入院から三週間余りにが過ぎ、退院が近づいた頃だったか、珍しく昼過ぎになっても姿を現さなかった大狐が、夕方近くに漸く姿をみせた。 両目の下にくっきりクマを作って、心許なく儚げな幽霊の如く。 おまけに左の唇の端に絆創膏、そして右の手の甲には痛々しいほどの大きな湿布。 この怪我に何の理由もなければきっと、大狐自らキツネにクマの一人動物園を突っ込んで笑いのネタにでもしてる筈だ。 だが、そんな素振りの片鱗も感じさせないほど憔悴し切っていた。 「何が…あった。」 声が震えた。 「アキちゃん、私…。」 それ切り二の句が続かず、私の横で膝をつきベッドに突っ伏してワンワンと号泣した。 掛ける言葉も見つからず、上下する背中をただ黙って摩るのが精一杯だった。 初めから全部検討がついていたのに、一言の忠告もしなかった自分を、今更に責めた。 詳細は分からない。 でも、偽りの恋が終わったのだけは察しがつく。 何故か酷く腹が立ってきて仕方がない。 ブラピもどきになのか、それとも自分にか。 或いは、この歳で何の免疫力もない哀れな大狐本人に、なのか。 煌々と照り返す西日を浴びて、大狐の金髪だけがやけに明るく光を放っている。 このギャップが痛々しくてもどかしい。 やがて、大狐の出勤の時間は過ぎ、看護師さんが夕食を運んで来ても、またそれを下げに来ても大狐は突っ伏したままグスグスしていた。 そろそろ面会時間も終わりという頃になって漸くベッドから顔を上げると、来た時の目の下のクマはより格段に進化を遂げ、見事な歌舞伎の隈取りになっていた。 時折目にする大狐の顔面パフォーマンスの迫力は止まるところを知らない。 こんなシリアスな状況じゃなかったら絶好のツボなのだが、今ここで触れるのは人にあらず…か。 只、いつか笑い話として語れる日が一日も早くくればいいと強く願う。 やっとの思い、という言葉があるが正にそんな感じの亡霊の如くヨロヨロと立ち上がり、今日も高いヒールで脚をガクガクさせながら発した一声が 「…膝、痛っ。」 ちょっと笑ってしまった。 「大丈夫?ちゃんと歩ける?」 「うん。大丈夫。ゴメンね、アキちゃん。…あと、来週退院じゃない。アキちゃんのお洋服、アパートに取りに行っておきたいから、明日はここに来るのお休みしてもいい。」 無理やりに話を現実に戻し、平静を装ってみせる。 今は、踏み込んでくれるなと態度で示した。 「…うん。分かった…宜しくね。あ、鍵ね、バッグの中に入ってる。分かるかな。見てもらってもいい。」 促したものの、大狐は動けない。 結局、高いハイヒールを脱ぎ捨て、震える膝に両手を当てがいながらロッカーに移動してバッグの中をまさぐる。 「有った。じゃ、お部屋の鍵、借りていくわね。」 「面倒掛けるけど、宜しくお願いします。あ、あと、寝不足はお肌に悪いよ。明日だけと言わず、暫くゆっくりしなよ。」 「ふふ。今日のアキちゃんは優しいね。」 「心外…いつも優しいし。」 泣き腫らした目を和らげて、束の間軽口を叩き合う。
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