家族ごっこ

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「アキちゃん、ブラウスのボタンが一個づつズレてるわ。…あと、スカートの正面も横向いちゃってる。」 私だって、それこそやっとの思いで着替えたのに容赦のないダメ出しだ。 まだまだ自由の利かない半身と久しく着ていないよそ行きの服に翻弄され、悪戦苦闘した結果はまるで報われなかった。 「もっと楽に着られる服が良かったよ。」 せっかく持って来てくれたことには感謝もせず、ボヤきで反撃する。 「あら、アキちゃん。痛いのは右足。パンツスタイルだったらチョット厳しいと思うけど、両腕は元気なんだから今日のセレクトに問題は無い筈よ。あ、もしかして、案外不器用さんなのかしらぁ。」 随分と楽しそうに突っ込んできた。 「あー、もう。うるさい、うるさぁい。早く皆んなにご挨拶に行くよ。」 指摘されたブラウスのボタンとスカートの向きを出来るだけ素早く直し、大狐に向き直った。  退院当日の朝。 そう、今朝早くに大狐は、今日からあなたが入院ですか?と、勘違いするような大荷物で登場した。 その荷物の殆どは、数日前に看護師さんから預かった伝言を、一昨日の夜にメールで知らせたからに相違ない。 メールには、予定通りの退院の旨と『看護師さんからの伝言…ファンクラブ全会員からの熱いラブコールあり。直ちに復帰せよ。』と追記した。 返信には、『了解。復帰の告知よろしくね。』とあり、最後にはピンクの二連ハートが添えられていた。 その短いメールの文面から、今の大狐の感情を読み取るのは難しい。 一抹の不安はあった。 それでも、躍動感は無いものの、かと言って悲壮感も感じない。 しかし、それはあくまでも自身の希望を伴う憶測でしかなかった。 が、そんな不安は軽く一蹴して、至極ご機嫌な大狐が満面の笑みで復活を遂げ登場したのである。 私の不器用さをイジり倒すくらいに。 「で、どこから挨拶回りする。」 すっかり松葉杖を身体の一部として扱えるようになった私は、沢山の荷物を抱える大狐に並んだ。 「最初は、一番お世話になった外科のナースステーションね。次はこの病棟の佐久間さんと飯島のおじいちゃん、サオリちゃん。 内科病棟のナースステーションに行ってから、次が二○一、二○二、二○三と三○一…」 そっからは病室単位なのかい、と大いに面喰らいながら大狐を凝視した。 当の大狐は、天井を仰ぎながら確認するように続ける。 「…あと、小松さんと産科病棟に居る柚月ちゃんとゆずママね。」 「産科…って。またどして、そんな所まで。」 軽く言ってのけたけど、普通、入院もしてない一介の付き添いがこの短期間にしかも、こんな規模のコミュニティを作り上げていることに度肝を抜かれる…その意図も方法も、さっぱり検討がつかない。 恐るべし、人間力大狐。 それより、この強行軍に付いて行けるのか、私。 いつものリハビリより絶対に過酷だって、私の全細胞と思考が赤信号を出している。 「ええっと、しょうこお嬢。外科のナースステーション以外、私の同行に意味が有るのか疑問なんですけど…。」 やんわりと拒否ってみた。 「ええーっ。私、皆んなにもアキちゃんのこと沢山お話してるのよう。アキちゃんは今日が最初で最後のご挨拶になっちゃうんだから、一緒に行くのぉ。」 おいおい、何をそんなに沢山話しちゃったのさ。 大体、私ってどんな位置づけなんだ。 もはや、恐怖しか湧いてこない。 私の意見など丸っと無視され、有無を言わさず連行された。
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