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バスを待つ間、胸中で罵詈雑言の限りを尽くしつつ、スマホで転職サイトを読み散らかすのに耽っていて気付かなかったが、ふと我にかえるとバスを待つ列は随分と長く伸びていた。
広く間隔を空けているのもひとつの要因だろう。
間隔が広い分、双方の隣人を視界に留めるのは難しい、が左隣りは全員ベンチに腰掛けていて私からは見下ろすようになるせいか、視線を向けずともある程度の視覚情報が入ってくる。
本来ならそんな情報収集は要らない。
しかし、そのすぐ左隣りは視覚が勝手に興味を唆られて観察が止まらなくなるくらい異彩を放っていた。
『なぜ、並んだ瞬間に気づかない。お前の目は節穴だな。』
自分にダメ出し。
彼女、そう、見るからにまだまだ若い子、に見える。
さっきの私同様にスマホ操作に夢中な様で、下を向いているので顔は見えない。
まず、金髪である。
大きく波打った腰辺りまでの長い金髪で、どうやらそれはウィッグではなさそうだ。
意外とお手入れが行き届いているようでツヤツヤしている。
そして、生粋の西洋人の所謂ブロンドではなく東洋人の染髪。
恐らく日本人。
結んだり、結い上げたりしていないので、上から見下ろすと、ゴージャスな狐が寝そべっているかの様に見える…例えが陳腐だがそんな感じだ。
服装は、真夏らしく肩も腕も露わにしたタンクトップ…色は黒だけど。
下はレース地の真っ赤なスカート。
座っているとマキシ丈に見える。
足元は、白のピンヒールのサンダル。
バッグも白色のショルダーバッグ。
ファッションは、なんとなく昭和を醸し出していて親近感が湧く。
親近感は湧くが、決して好みのファッションというわけではない。
とても真似出来ない大胆な配色で、とても個性的だ。
別に貶してなどいない。
あくまでも、到底真似など出来ないセンスだと思っただけだ。
そもそも、これほど露出の多い服装は、私なら年齢的にも見た目的にも間違いなく犯罪級の迷惑行為だし…所謂ひとつの暴力だな…ひとり言である。
装飾品の類いは一切身に付けておらず、そこに幼さのようなものを感じだのかもしれない。
『さて、この娘は、この真っ昼間にこの出で立ちで何処へ向かうというのだろう。
夏だし、海デートか。
ん、今年は海行けないんだっけ。
じゃ、ありきたりな…。
てか、相手はどんなヤツなのさ。
気になるじゃないかぁ…。』
取り止めのない妄想がグングンと育ち始めた頃、先頭から二番目に腰掛けていたご婦人が立ち上がった。
バスが来るこちら側を向いているところをみると、ようやくバスが到着したらしい。
炎天下、普段なら一分、二分でも苦痛な筈の待ち時間が、今日に限っては十二分という長い時間も、寧ろ有意義で気分転換には持ってこいの全く苦にならない時間だった。
何なら、まだ続けられそうなくらいに。
バスは静かに停車しドアが開くと、ベンチに座っていた面々は一斉に立ち上がり乗車口に吸い込まれていく。
気になる左隣りの娘もスッと立ち上がった。
『えええーっ。』
心の声が、うっかり漏れそうになる。
デカい。
想像を遥かに超えたエベレスト級のデカさだ。
『此奴、男か。』
上から足元まで見下ろしていくと、マキシ丈だと思っていたスカートはミモレ丈で、裾から覗く脚は細くて白くてモデルさんの様なキレイな生足。
更に視線が下がり、白色のピンヒールで目が止まる。
どう見ても不必要極まりない高いヒール。
何故、こんなに高いヒールが必要だと思ったのか根拠が知りたい、と強く思ってしまうのは自分だけだろうか。
身長にコンプレックスがあるわけ断じてないだろう。
強い疑問が残る。
ライブとかで自分の前がコレだったら嫌だろうなぁ…とか考えていたら、それっきり私の目は白いピンヒールに釘付けとなり、そのままノソノソと後に続き、乗る順番を待つ。
前のピンヒールの右脚がバスのステップに乗り上げ、左脚が宙に浮いた頃、右脚のピンヒールが左にスライドした。
ついでに右足首も不自然にひん曲がった。
慌てて視線を上げると、ゴージャスな狐が私の顔面目がけて勢いよく襲いかかって来るのが見えた。
「イッタ〜〜い。」
妙に鼻に掛かった裏声が遠くに聞こえる。
『…いやいや、痛いのアンタじゃなくて私だし…。』
大狐に全視界を阻まれ、事の次第も理解出来ないまま、右脚に走る激痛に耐えきれず意識は遠のいた。
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