家族ごっこ

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後に聞いた話しである。  意識が戻ったのは、あれから約二日後のことだったらしい。 目覚めた時、知らない風景が広がった。 見たことのない天井。 覚えのない窓、そしてカーテン。 初めて見る外の風景。 趣味じゃない室内装飾。 馴染みのない掛布団。 絶対着ないだろうピンク色のパジャマ。 持っている覚えのないパイプ椅子。 そこに座る知らない人…。 ん、いや知っているのか。 顔は知らないが、この金髪ロン毛には見覚えがあった。 襲いかかって来た、あの時のゴージャスでデカい大狐だと瞬時に察した。 デカくてゴージャスな狐、大狐。 目覚めて早々に仮り名も出来た。 何故そこに居るのか不思議に思い朧げに視線を向けると、傍らに神妙な面持ちで座っていた大狐の両目と口が同時に大きく開いた。 「あああ〜っ。良かったわぁ〜。目覚めたぁ〜。気がついたのね〜。」 いかにも、な女性口調。 そして、大仰な身振りに、耳に障るはしゃいだ鼻に掛かるダミ声。 「…後のが当たりか。」 ついこぼれ出た届かないほどの呟き。 「え。どうかしたの。痛むのっ。や〜だぁ。ドォしましょ。ちょ、ちょっと待ってて。 直ぐ先生呼んでくる。」 ガタン、と音を立て立ち上がったかと思うと、ドタバタと走り出て行ってしまった。 事態もほぼ分からぬまま呆然とする。 ガランと静かになった室内で、漸く今ある現状を少しずつ理解していく。 薄い掛け布団の向こう側に吊り上げられた自身の右脚。 ぐるっとベッドを囲むように天井から吊るされた白いカーテン。 その白いカーテンは、今は全開されて室内全体を見渡せる。 少し首を持ち上げて、一通り視線を滑らせる。 壁も天井も白一色、無機質でどこかもの寂しくもある。 その白色からは、華やかさとか家族の温かみとか人々の活力ある営みはとかは一切感じられない薄っぺらい白色だった。 向かいにもベッドがあるが、寝具は敷かれておらずカーテンもきちんと畳まれている様子から、きっと無人。 ここは、病院の外科病棟の二人部屋で、現在この病室に入院しているのは自分一人なのだと理解した。 次に、寝たままの姿勢で視線を斜め上方向へ移すと、右手の枕元にブザーのスイッチが見えた。 「あ。これで看護師さん呼べんじゃん。…ま、いっか。行っちゃったし。てか、痛くもないんだが…。」 確かに、今、足の痛みはない。 が、骨折した事実と入院している現実をジワジワと実感し、にわかに恐怖と不安を覚える。 実生活に思いを馳せ、骨折の痛みよりも懐具合の痛みの方が遥かにダメージが大きいことに気がつく。 愕然として、人生の終焉さえ頭をよぎる。 決して大袈裟ではない。 「あー。これで完全に無職だわ。人生終わったわー。神様意地悪だわー。」 感情の籠らぬ棒読みを垂れ流していると、幾つかのパタパタという足音がして病室の前で止まった。 開かれた扉の向こうから、医師と思われる中年男性と同い年くらいの女性の看護師さん、その後ろに心配顔の大狐が立っていた。 「水谷さん、大丈夫ですか。痛みますか。」 そう言葉を発しながら医師が近づきおもむろに脈をとる。 その横では共だって現れた看護師がテキパキと点滴の用意をしているかのように伺える。 このまま流れに任せると間違いなくクソ高い点滴をされて、無駄な医療費が加算されてしまう。 冗談じゃない。 これは断固阻止せねば、そんな使命感に突き動かされ声を張る。 極めて冷静を装って。 「いいえ、先生。お陰さまで、現在痛みは全く感じません。色々ありがとうございました。只、目が覚めてみて、状況がよく分からなくて…。つい、余計なことを口走ってしまったのかもしれません。ご心配をおかけして申し訳ありません。本当に大丈夫ですので、痛み止めでしたら必要ありません。 それから、そちらの…先生を呼びに行って下さった…、」 突如、矛先を向けられた大狐は面食らってか、責められるとでも思ったのか、私が全てを言い終わる前に被せ気味に声を上げた。 「あ、あああ、アタシ⁈アタシは、矢野森、矢野森ショーコっていいます。あ、あら、イヤだ。私ってば、足が痛むのかと早合点しちゃって。先生、ゴメンなさいね〜。勘違いだったみたぁい。もう、バカバカ。」 戯けて、自身の金髪頭を右手で軽く叩いてみせた。 反省しているのかいないのか、天性ともとれるオチャラけで、さり気無く無かった事にした。 「あ、矢野森さん、と仰るんですね。 却って、私が勘違いさせてしまう様な素振りを見せてしまって申し訳なかったです。でも、良かった。先生には色々と伺っておきたい事があったから。どうもありがとうございます。」 今更、あの呟きを表沙汰にしてはならないという一心で、嬉しそうに口角を上げ、いまにも話し始めそうな大狐の微笑みをいなし、矢継ぎ早に医師に尋ねた。 「あの、先生それで…。」 医師の説明は、無駄がなく明解だった。 説明によると、二日前の午後に足関節骨折と、靭帯損傷で緊急手術が行われ足首をボルトで固定したこと。 強い痛みによる発熱と薬の作用により二日間意識が混濁していたこと。 入院期間は約一か月要すること。 その後のリハビリ通院も数ヶ月は必要であること。 完治するには、凡そ四ヶ月と診断された。 ザックリ見積もっても今年いっぱいは立派なケガ人と認定されてしまった。 付け加えるように医師から、持っていた荷物の免許証から、翌日に私の自宅アパートの大家さんと、大家さんから職場へと事情が話されたこと。 そして、その日の内に大家さんと職場の上長が見舞ってくれたそうだが、先述の通り、私は意識が無く話を交わすことは叶わなかったということだった。 「大家さんにも職場の上司の方にも一通りの説明はしてありますが、意識回復も含めて一度連絡してあげるといいかもしれませんね。何かあれば直ぐに呼んでください。 では、お大事に。」 そう言い残し、医師と看護師は退出していった。
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