家族ごっこ

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 再び、目覚めた時と同じように神妙に黙した大狐と二人になる。 「あ、私、上司と大家さんに電話しますね。」 上半身を、ひねってサイドテーブルに置かれた携帯を取ろうと腕を伸ばしかけると 「余り変に動かない方がいいわ。ハイ、どうぞ、携帯。私、表に出てるわね。アナタにお話ししなきゃいけない事があるの。だから、三十分位したら戻ってもいいかしら。」 「そんなにはかからないと思いますよ。十五分位かな。」 「そう。じゃぁ、その位で戻るわね。ごゆっくり。」 そう言って、今度は静かに、立ち上がり病室を後にした。 案外、場に応じて受け応えが出来るんだと感心しながら携帯で職場のアドレスを探す。 その時、ふいに携帯のバッテリーがフルチャージされているのに気付いた。 「二日前だよね…。」 疑問に思いながら、今まさにコールしている電話の主かもしれない、と考えている間にもコール音から人の声に転じ、目当ての人物が運良く電話を受け社名を言い終えた。 一呼吸置いて話しかけた。 「あの、お忙しい時間に申し訳ありません。水谷です。この度は、大変ご迷惑をお掛けしてしまって何とお詫びしていいのか…。また、わざわざお運び頂いたようで、ありがとうございました。先刻、目が覚めて医師から色々事情伺いまして。」 「ああ、水谷さぁん。意識戻ったの。いや、良かったよ。心配したよぉ。そっちに行った時にね、先生が開口一番、術後意識が戻らないなんて聞いたからさ、頭も打っちゃったのかと思ったりしてね。ホント、良かったぁ。大変だったね。いや、取り敢えず意識が戻って何より、何より。 …で、どう。」 一瞬、戸惑う。 一体、何が、『…で、どう。』なのか。 怪我の具合が どう なのか、今後の仕事に関して どう なのか。 この上司は、そこそこ頭は切れるが規則、マニュアルにきっちり嵌った会社にとっての優等生だ。 ほんの僅かの綻びも嫌うような性格が買われ、この部署を任されている。 下で働く我々は、道具であり駒であり、決して生身の人間であってはならないような言動が時折見て取れた。 そうでなければ、私自身六回も判で押したような同じ理由で自粛を喰らったりしない。 もう、迷いは無かった。 「はい。冷静に現状を鑑みても、復帰は相当先になるようなので、これを機に職を退きたいと思います。この様な形での辞職になってしまい誠に申し訳ありません。一両日中に退職届を郵送致しますので、処理をお願いいたします。ニ年間という短い期間でしたが、大変お世話になり有難うございました。皆さまにもどうぞ宜しくお伝え下さい。」 不思議と何の感情も湧かなかった。 「いやぁ、そうか。こちらとしてもとても残念ですよ。水谷さん優秀だったから。でもね、身体あってのって言うしね。早く治して、また別のフィールドで頑張って下さい。じゃ、お大事にね。お疲れ様でした。」 「はい。ありがとうございます。では、失礼致します。」 淡々と、しかも僅か数分で、私はまた社会の枠組みからドロップアウトした。 最後の、どこかホッとした様な上司の社交辞令が全てを物語った。 そして、私もそれを理解した。 厄介払いが思いのほか早くに片付き満足したのだろう。 それはそれで良かったのだと、自分でも素直に腑に落ちた。  理由は様々だか、私の定職期間はいつも割と短い。 今回の様なパターンは初めてだが、ひとつ前の仕事はデパートのテナント店で洋菓子を作っていた。 突然、本社がそのデパートからの撤退を決め、何の前触れも無く一週間後には流浪の民となっていたと記憶している。 しがないパートタイマーだったので、何の保証も無く確かあの時もえらく途方に暮れた。 後は、事業主が亡くなってしまったり、引退したいという理由で職場が無くなってしまったのが二回。 二十代の頃、若気の至りで『私の進むべき道は、コレ。』とばかりに、勢いで辞めたのが二回。 事業主が愛人を雇用する為に、謂われのない迫害を受け追い出されたのが一回。 まぁ、この体験だけは、人生長くても早々誰でも出来る体験ではなかったと自負している。 だいたい愛人って、自身の認識では、裏でバレないようにこっそりしてるものなんじゃないのかと思っていたが、あんなに堂々と表に出て来ちゃうものなんだと、自分の思い込みをあっさり強行突破され、地べたに干された一反木綿になるほど打ち拉がれた。 テレビドラマよりドッキリだ。 自分でも相当に貴重な体験だったと思う。 同様に、ダブル不倫の愛人の為にあれだけ鬼畜になれるオッサンもまた稀だろう。 いやいや、あのオッサンはあれが本質なんだ。 絶対そうに決まってる。 とにかく、自身の職歴を紐解いてみても、どんなに長く勤めた所も最大長くて八年が最長記録だった。 何ともレパートリーに富んだ波乱万丈な半世紀、反省記?である。 色んな風に捉える人がいるだろうが、自分では、全て違うジャンルで働いた分、体験もまた様々で刺激の連続だった。 お陰で、マンネリする暇も無かったし健康も保ててた…三日前までは…。 そんな何の益もない感慨に耽りながら、大家さんにも電話を掛け終え、再び携帯をサイドテーブルに、今度は腕だけ伸ばしてそっと置いた。 勿論、充電ケーブルの一件も両者に尋ねてはみたが、どちらも的外れに終わった。
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