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「あら、ヤダ。ゴメンなさいね。恥ずかしいとこ見せちゃったわね。
改めまして、私、矢野森しょうこは二十七歳の乙女座ょ。私もアキちゃんと同じA型。お仕事は、原町三丁目にあるスナック『葵』で働いてて、そこでの源氏名もショーコなの。働き出して、今年の冬で丸二年かな。
勿論、独身。…で今、付き合って二週間になる彼がいます。彼は、三十三歳でアパレルのお仕事してて、隣町で支店長さんしてるのよ。ブラピ似のイケメンなのぉ。」
さっき泣いていたのが嘘のように生き生きとしだした。
にしても、初対面の私にそこまで話しちゃう人なんだね…君は。
「その人って、ハーフとかなの。」
ブラピと言われて気になった。
「ううん。日本人。」
…恋は盲目というやつだ。
「でね、今日着てるこの服も彼が選んでくれたの。私もとってもお気に入り。ステキでしょ。」
そう言って、喜々として立ち上がり、ファッションショーさながらにご自慢の服をお披露目してくれる。
V字にカットされた襟元に大振りなフリルをあしらったタイトスタイルのエメラルドグリーンのワンピース。
スカートの裾部分にもフリフリが施されている。
さっきからずっと思ってはいたけれど、まさか同意を求めてける展開は想定外で、正直、返事に困る代物だ。
「はぁぁ。そだね。」
気持ちの籠らない適当な返しも意に介さず、大狐は彼とやらの話しに夢中である。
「…でね、先週の週末に初めてデートしたの。彼の車で横浜に行ったんだけど、そこでもお洋服選んでくれて。あと、初デートの記念にってプレゼントも貰ったんだ。ほら、コレ。」
差し出された左手の小指には、明らかに着ている服より遥かに見劣りするガラス玉のピンキーリングが輝きもせず乗っかっている。
何故か、違和感しかしなかった。
それでも、本人がこんなに喜んでいるんだし、ブラピもどきは私より僅かなりとも付き合い長いんだし…と思い直し、敢えて何も言わず黙って見過ごすことにした。
ブラピもどきの話にどれくらいの時間を費やしただろう。
私も、いつの間にやら惚気独壇場に付き合わされていた。
その後も、自身の出勤時間までたっぷりブラピもどきの話を幸せそうにして、涙で半壊した顔面もコテコテにリメイクしてから仕事のために病室を後にした。
退出する直前に大きく振り返って
「どうも有難う。お話し聞いてくれて。
アキちゃんのコトも色々知れて嬉しかったし、楽しかった。
あと、責任感じて気負わなくていいって。安心してって。…とっても、気持ちが楽になって、救われた気分よ。
只、私に出来ることはさせて頂戴ね。
じゃあ、行ってきまぁす。」
元気に右手を振って出て行った。
気づけば、私自身が久しぶりに楽しいと思っていた。
こんなに、誰かに自分のことを語ったのはいつ以来だったか思い出せないくらいに。
咄嗟に気の利いた返事も出来ぬまま、既に見えない後ろ姿に
「いってらっしゃい。」
と抑揚なく返した。
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