第26話 メリークリスマス

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 披露宴は無事済み、予定通り三時頃には解散になった。  俊介はその足で急いでデパートに向かった。今日はクリスマス当日だから、ケーキ売り場が混んでいるはずだ。  思っていた通り、地下の食品売り場は大混雑していた。俊介はある程度予想していたので、事前にケーキを予約している。受け取りだけなら、まだ早く済むだろう。  予約していた店はショーケースの前に長蛇の列ができていた。さすがクリスマスだ。皆クリスマスケーキを買いに来たのだろう。  俊介は予約者の列に並んだ。おかげで、順番はすぐに回ってきた。  買ったのは四号の一番小さなホールケーキだ。綾芽が以前チョコを食べていたのでチョコは大丈夫だろうと、チョコケーキにした。  あとの料理はほとんど家で作る予定だ。材料も買ってあるからこのまま帰ればいい。  車を停めている駐車場に急いでいると、ふと視界に鮮やかな花が映った。そこには花屋があった。クリスマスだからか、店頭には赤い花を所狭しと並べている。  ────せっかくクリスマスだから、綾芽に花を買って帰ろう。俊介は深く考えず花屋に立ち寄った。  花屋には他に客がいなかった。俊介が入るとほぼ同時に、店員は声を掛けてきた 「なにかお探しですか?」 「あの、クリスマスのお祝いに恋人に贈る花束を作ってもらいたいんですが」  店員はにっこりと微笑んで、予算と色目を尋ねてきた。綾芽には以前紫色の花をプレゼントした。今日はクリスマスだから、赤い花がいいだろうか。あまり濃い色は彼女のイメージではないが────。 「予算はいくらでも構いません。赤と紫を使って、なるべく淡い色目になるように────あれはなんですか?」  俊介は大きなガラスの花瓶に活けてあった百合のような花を見つけた。百合のようだが、百合のように白くはない。真っ赤な色の花と、花びらの縁だけ赤く彩られたような二種類がある。かなり大きな花だった 。 「あれはアマリリスですよ。クリスマスの時期に出回るんです。豪華ですし、一輪入れるだけでもパッと目を惹くと思います」 「じゃあ、あの花も入れてください。あの、真っ赤じゃない方で」  店員はかしこまりました、と返事して手際良く花束を作り始めた。  綾芽もこうして仕事していたのだろうか。花束はまだ作れないと言っていたから、こんなふうにはまだ動けないのだろうが────。  花束は十五分ほどで出来上がった。先ほどの淡い色のアマリリスを入れた花束は、かなり大きくなってしまったが、思っていた通りの色目になった。  俊介は紙袋に入れたそれを持ってまた駐車場へ向かった。  (はや)る気持ちがあるせいか、妙に家路を急いでしまう。スピード違反なんてするつもりはないが、いつもよりも強くアクセルを踏んでいた。  クリスマスだから道が混んでいる。まだそう遅い時間でもないのに、みんな聖夜を祝いたいのだろう。  マンションの駐車場に着くと、俊介は荷物を持って急ぎ足でエレベーターへ向かった。ケーキが溶けていないか心配だ。花束も、早く届けなければ萎れてしまうかもしれない。だが、そんな思いとは別に、早く綾芽に会いたい気持ちがあった。  ようやくのことで玄関の前にたどり着き、俊介は一旦花束の入った紙袋を床の上に置いた。財布の中からケードキーを取り出し、ロックを解除する。 「綾芽、ただいま」  扉を開けると、部屋の中が少し暗かった。まだそれほど遅い時間ではないが、外はもう薄暗い。玄関の電気を点けて中へ入る。もしかしたら綾芽は寝ているのだろうか。  リビングも電気は点いていなかった。だが、部屋の角に置かれたそれを見て、俊介はあっと驚いた。  そこにあったのは自分が押し入れに慌てて詰め込んだクリスマスツリーだった。クリスマスツリーは綺麗に飾り付けしてあった。  思わず笑みが溢れた。綾芽はどうやってか、これを見つけてしまったらしい。サプライズできなかったのは残念だが、これはこれで嬉しいからよしとしよう。  俊介はベッドルームを覗き込んだ。 「綾芽? ただいま」  だが、ベッドルームには誰もいなかった。部屋も暗い。俊介はようやく、その光景に違和感を抱いた。  ベッドシーツは綺麗に整えられていた。いつも自分がしているように。だが、それをしたのは自分ではない。 「綾芽、どこにいるんだ」  じわじわと嫌な予感がして、俊介は部屋のあちこちを探し回った。トイレも、洗面所も、風呂場の中も。だが、どこにも綾芽はいなかった。  そして、リビングに置かれていた綾芽のボストンバッグがないことに気が付いた。  不意に背筋に冷たいものが走った。慌ててスマホを取り出し、綾芽に電話をかけた。だが、スピーカーから聞こえて来たのは無機質な女の声だけだった。 「綾芽!! 隠れてるなら出て来てくれ!」  だが、綾芽が出てくるはずもない。叫べば叫ぶほど、俊介は虚しくなった。そして、ベッド横にあるサイドテーブルの上に置かれたそれを見て、呆然とした。  ふらふらとそれに近づき、手に取った。昨日、自分が綾芽に渡した指輪だった。  一体自分は何を間違えたのだろうか。どうして綾芽は出て行ったのだろうか。  考えると、あれもこれも理由が浮かびすぎてどうしようもない。ただ一つわかることは、綾芽は────。  俊介は壊れたように何度も着信履歴の綾芽の文字を押した。しかし、何度押しても返事は変わらない。綾芽の声は聞こえない。 「綾芽……出て来てくれ……頼むから……」  立ち上がり、もう一度部屋の中を探し回った。いるはずもない押入れの中を探してみたりバスタブの中を探してみたりしたが、彼女がいるわけがない。  俊介は綾芽が組み立てたクリスマスツリーの前にへたり込み、情けない自分を笑った。 「馬鹿か俺は……なにが、綾芽を幸せにするだ……」  綾芽は、耐えきれなくなったのだろう。もしかしたら、この指輪が重たかったのかもしれない。あの時泣いていたのは、嬉し泣きではなく、悲しかったから────別れることを決心していたからなのかもしれない。  俊介は生まれて初めて涙を流した。悲しくて泣いて、そして渇いた笑いが込み上げて来た。  クリスマスに一人なんて最悪だ。けれどもっと最悪なのは、綾芽がいないことだ。  このツリーだって、綾芽が喜ぶと思ったから買ったのだ。二人で一緒に組み立てようと思っていた。なのに────。  ────なんだ……?  ふと、ツリーの足元にある箱に気がついた。ツリーの後ろ側に、隠すように置かれていたそれを手にとった。  深緑色の箱は赤いリボンでラッピングされていた。俊介はゆっくりと、それの封を解いた。  中から出て来たのは革製のストラップだった。染めてあるのか、濃いグリーンの色をしている。自分がよく身に着けているネクタイと同じ色だ。  その箱の中には小さなカードが入っていた。そしてそこにはこう書かれていた。 『俊介さん、メリークリスマス。とても幸せな一日でした』  見開いた目から何度も涙が溢れた。綾芽からのプレゼントを握りしめ、俊介は声も上げずに泣いた。
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