第27話 幸福な思い出

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 聖の溜息が本堂家のリビングに響いた。  時刻は夕飯時。さあ今から夕食を食べようというところだが、聖はとてもそんな気分ではなかった。 「今のため息で飯が飛んでったらどうするんだ」  本堂が茶化したので、聖は口をムッと尖らせて睨みつけた。 「もう、こんな時まで茶化さないで」 「青葉のことが心配か?」  聖はコクリと頷いた。俊介は小さい頃から一緒に育ってきた幼馴染だ。良き理解者であり、戦友と言える存在だった。  その俊介が落ち込んでいるのに何も出来ないのが歯痒かった。 「綾芽ちゃんがいなくなってもう一ヶ月よ……俊介だって本当は、探しに行きたいて思ってる。だって、いつもコンビニに行って、公園に行って……本当は会いたいのよ。なのに────」  俊介が昼時にそこに行くことは知っていた。仕事中は何も言わないが、彼はまるで思い出すように、吸い寄せられるようにそこに向かう。  綾芽との思い出深い場所にいたいのだろう。俊介は綾芽のことを忘れる気などないのだ。 「私、あれから子会社の不動産に頼んで調べたの。綾芽ちゃん、元の家は引き払って別の場所に越したみたい……職場はよく知らないけど、調べれば私が会いに行って────」 「やめとけ」 「どうして……?」 「自分から出て行ったんだ。それを無理に戻そうってのか?」 「だって……! 二人とも好き合ってるのにどうして離れなきゃならないの!? 綾芽ちゃんが離れたのだって、きっと本当は俊介のことを思って……」  「ならなおのこと、意思は固いだろ。よっぽどのことがあるんだ。他人が茶々入れるようなことじゃねえ」 「じゃあこのまま放って置けっていうの……? 見てわかるでしょう? 俊介だってあんなにやつれて……このままじゃ倒れちゃうわよ」 「嫌いで別れたんじゃねえんだ。時には好きでも離れなきゃならねえこともある。そういう時間が必要な時もあるんだ」  聖は思い出して胸が痛んだ。  本堂は、過去の自分を思い出しているのかもしれない。彼も以前、大きな誤解から自分の元を去った時があった。そう思えば、冷却期間が必要なこともあると納得できた。 「私ね……俊介に好きな子が出来た時、すっごく嬉しかったの」 「幼馴染だからか」 「ううん……そうじゃない。俊介ってね、本当に小さい頃から真面目で、ああいう性格だったの。執事としては優秀だったけど、仕事で関わることにしか興味なくて、趣味があるわけでもないし、狭い世界で生きててこのままで大丈夫かなって思ってたのよ」 「まぁ、それがあいつの長所であり短所だからな」 「そんな俊介にも興味が湧く人が出来て、ちょっとずつ変わっていく俊介を見て、いい人に出会ったんだなって安心してたの」 「興味湧き過ぎて隣の席の俺はわりと大変だったけどな」  聖はその様子を想像してクスクス笑った。 「そんな人とまた出会えたらいいんだけど……」 「会えるさ。生きてりゃ、いつかはな」  もう数ヶ月で冬が終わり、春が来る。  俊介はその頃、綾芽のことをまだ覚えているだろう。何ヶ月、何年経っても、きっと忘れないだろう。  なにせ彼は真面目だ。そして綾芽は初めて、そんな俊介がそばにいたいと感じた女性なのだから。
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