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創立記念パーティの当日、俊介は会場の設営の指示のため、一時間ほど早めにホテルに来ていた。
聖と本堂はもう少し後に来た。二人の仕事は喋ることがメインだ。だからそれに集中してもらうことにした
俊介が指示をしていると、入り口から黒いパーティドレスを着た綾芽が入ってきた。俊介は慌ててそちらへ駆け寄った。
「おはよう。会場、分かりにくくなかったか?」
「おはようございます。いえ……看板が出ていたので迷わず来れました」
綾芽の格好を上から下にさっと眺めた。綾芽のドレスは先日何十着あるものの中から俊介が選んだものだ。
マキシ丈のドレスは上半身は体にフィットするようなデザインで、ノースリーブのハイネックだ。スカートの部分はサテンだが、一番表面の生地だけチュールスカートのようにふんわりしたデザインになっているためそこまで体型が見えるわけではないし、ボリュームも抑えてあるので比較的大人しめだ。
ドレスはノースリーブだからか、綾芽はその上に淡い紫色のカーディガンを羽織っていた。自前のものなのだろう。
ふと、視界に紫色の小さな物がチラついた。よくみたら、先日のイベントで綾芽に贈ったイヤリングだった。
「────それ、着けてきたんだな」
俊介がじっと見つめると、綾芽はハッとして耳のそれを触った。
「っすみません。派手過ぎましたか……?」
「いや……よく似合ってる」
俊介はニヤけそうになるのを必死で隠した。そのカーディガンの色も、あの花束を連想させる。綾芽が喜んでくれているのだと思うと嬉しかった。
「ドレス、貸してくださってありがとうございます。本当に助かりました」
「いいよ。元々仕事を頼んだのは俺だし、聖のお下がりなんだ」
「高価なものなのにすみません」
「気にしなくていい。どうせ聖も使ってなかったものだ。じゃあ、教えるからこっちに来て」
綾芽の仕事は受付をメインにこまごましたことを頼んでいたが、四六時中動き回るわけではない。社員達に自分の仕事に集中してもらうための補佐的な立ち位置だ。
彼女も何度もやっているような仕事だから、メモは一応取っていたが特に不安そうな顔はしていなかった。こういう場所は、どちらかと言えば綾芽の方が慣れているのかもしれない。
開会三十分ほど前になると徐々に社員達が会場に入ってきた。綾芽は受付で入ってくる社員達に名札を渡している。だが、やはり本社一階のコンビニで仕事をしているからか、コンビニに行く社員達はすぐに気が付いたのだろう。綾芽を見て驚いているようだった。
「嘘、あれコンビニにいる立花さんじゃないか!?」
「だよな、なんでここにいるんだ?」
「実は社員だったとか……って言うかやっぱり美人だよなぁ。あの服もめっちゃ似合ってるし」
────それは、俺の方が先に思ってたんだ。
俊介はムッとして社員の男達にジロリと視線を向けたが、彼らは当然気が付いていない。
自分のためと綾芽のために連れてきたが、よくよく考えれば綾芽は今まで何度か社員にアプローチされているのだ。魔の巣窟に生贄を放り込むような真似をしてしまったのではないだろうか。今更焦った。
自分の仕事があるのでそちらに集中したが、また綾芽が社員にナンパされているのではないだろうかと気が気ではなかった。
やがて開会し、聖が挨拶をして、本堂が乾杯の音頭をとった。
用意された円卓テーブルには、部署ごとに社員が割り当てられている。俊介の席はステージを正面に見て右側だ。隣には本堂と聖が座っている。
だが、綾芽は壁際に立っていた。一応スタッフという扱いなので他のホテルマン達と同様にそうさせたが、立ちっぱなしで平気なのだろうか。椅子を用意しようかと提案もしたが、綾芽には断られた。立つのは慣れているからそれほど疲れないそうだ。
まさに壁の花、だ。もう少し大人しめの格好にすればよかったのだろうが、欲が裏目に出た。綾芽はかえって目立っていた。
やがて一通りのスケジュールを終えて会食に入った。
俊介は用意されたテーブルに着いたが、綾芽は配膳の手伝いをしているので気になってなんだか目の前に会話に集中できない。彼女は仕事中なのだから当たり前なのだが、どうやら自分で思う以上に甘やかしたがりのようだ。
「そんなに気になるなら呼べばいいだろ」
本堂はグラスに入ったウーロン茶をグイッと飲み込んだ。
「そんなこと出来るか。ここを誰のテーブルだと思ってるんだ」
社長と常務と秘書の座るテーブルなんかに綾芽を入れたら他の社員達がなんだと思うに決まっている。
一人の従業員を贔屓するのはよくない。それが上の立場の人間なら尚更だ。
そんなことを言っている間にビール瓶を持った綾芽がこちらの席にやってきた。綾芽は会釈をして空いているグラスを探した。
「ああ、ここはいいよ。誰も酒を飲まないから」
「そうですか、失礼しました」
綾芽は聖にすこし近づくと、ペコっと頭を下げた。
「聖さん、衣装を貸してくださってありがとうございます」
「いいのよ。無理を言ったのはこっちだから」
「またクリーニングしたらお返しします」
「ううん、それは綾芽ちゃんが持っておいて」
「えっ」
「また似たような仕事を振ると思うから」
綾芽は戸惑いながらも頷いた。
俊介は見ていて感心した。聖は人の扱いがうまいが、こういう言い方をすれば綾芽が遠慮せずそれを受け取ると思ったのだろう。
本当にそんな仕事を振るのかどうかは定かではないが、綾芽はいつものように申し訳なさそうな顔をすることはなかった。
綾芽はまた仕事に戻ったので、俊介は聖に尋ねた。
「本当に仕事振るのか?」
「振ったのは私じゃなくて、俊介でしょ? こんな仕事、そう頻繁にないけど……私が納得できる理由があるなら許可は出すわ」
「……もう頼まない」
「綾芽ちゃんが声かけられないか気になってるんでしょう」
「そんなにウジウジするなら俺のもんだってさっさと主張すりゃいいじゃねーか」
二人にあれこれ言われて俊介は頭が爆発しそうになった。二人の言うとおり、今すでにイライラしている。
綾芽は普段シンプルな格好をしているし化粧もほとんどしない。だから目立つことはあまりないが、ああやって綺麗な格好をさせると目を引いてしまう。
綾芽は若いし綺麗だ。藤宮コーポレーションの男達は始末に負えないことにある程度自信を持っていてステータスもある。美人を前にして尻込むような男はいない。
当然こんな集まりは絶好の狩場になるだろう。
俊介が目をやると早速社員の男が綾芽に話し掛けていた。それを見てまた苛立った俊介は、席から立ち上がってつかつかとそのテーブルへ近づいた。
椅子に座ったまま綾芽に話し掛けていた社員の男は、俊介が近づくとはっと視線をよこした。
「あ、青葉さん」
「社長がお呼びだ。仕事の件で話があるそうだ」
男はすぐに立ち上がって聖の方へ向かった。
俊介は聖に視線を向け「なんとかしてくれ」と口パクで頼んだ。聖はなにか言おうと口を開いたが、呆れたような顔をするとやってきた社員に向かい会った。
「あの、青葉さん……?」
綾芽はきょとんとしていた。俊介は慌てて笑顔を向けた。
「適度に休憩してくれていいから」
「あ、いえ。大丈夫です。ありがとうございます」
綾芽は何事もなかったかのように仕事に戻った。
────なにやってんだ俺は……。
我に帰ったが、側から見ると大人気なさ丸出しだ。恐らく、今頃聖と本堂は腹の中で大笑いしているか呆れているかのどちらかだろう。
俊介も、自分自身に一発パンチを喰らわせたくなった。
席に戻ると早速聖が文句を言ってきた。
「いきなり私に振らないでよ。突然で驚いたじゃない」
「悪かった」
「そんなにヤキモチばっかり妬いてると綾芽ちゃんに嫌われるわよ」
俊介はそうだな、と反省した。まだ綾芽のことは気になったが、もう見ないと言い聞かせて仕事の話に集中することにした。
自分は綾芽と一緒に仕事しない方がいいかもしれない。
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