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パーティは午後五時でお開きになった。
社員達は会場から出て、俊介は会場に残って聖達と喋っていた。なんだかんだ、結局パーティには集中できなかったが、ステージに立って喋るようなことはなかったので特別大きな失敗はしなかった。
ただ、その分聖と本堂がフォローに回ったのだが。
「青葉さん、全員撤収しました。もうロビーには誰も残ってません」
綾芽は残って確認をしてくれていたようだ。一日中立ちっぱなしだったから疲れているのではないだろうか。平気そうな顔をしているが、昼の休憩も満足に取っていないのだ。お腹だって空いているに違いない。
「今日はお疲れ様。助かったよ」
「いえ、こちらこそ色々ありがとうございました」
もう帰ってゆっくり休んでいい────。そう言おうとした時だった。
「俊介、綾芽ちゃんとご飯でも食べてきたら? 設営に集中してたから全然ご飯食べれてなかったでしょ?」
後ろから突然聖が声を掛けてきた。俊介は一瞬は? と言い掛けたが、すぐに聖の魂胆に気が付いた。
聖はずっと一緒のテーブルにいた。俊介が食事をしていたことも知っている。
だが、あえてそういうことで二人で食事に行きやすい雰囲気を作ったのだろう。
散々迷惑をかけた聖からの助けの手だろうか。いや、これ以上暴走するなという注告かもしれない。だとしても、俊介はこの手に縋りたかった。
「────そうだな。どこかで食べて帰るよ。立花さん、もしよかったらどうだ?」
「あ……じゃあ、是非」
「じゃあ、エントランスの前で待っててくれ。車をとってくるから」
綾芽が会場から出て行ったのを見届けて、俊介は聖に向き直った。
「……今度お前の好きな煎餅買ってくる。それでいいか?」
「さっすが俊介。わかってるわね」
「今日は悪かった。ちゃんと集中する」
「俊介の悩みを解決する方法が一つだけあるわ」
「なんだ?」
俊介が首を傾げると、聖は「綾芽ちゃんと恋人同士になることよ」と答えた。
「だから、そうなるように努力してる」
「ヤキモチ拗らせて短気起こしちゃダメよ」
「するわけないだろ。本堂じゃないんだ」
俊介は鞄を持って早足に会場を出た。駐車場に停めていた車をとってきてエントランスに回すと、俯いて待っていた綾芽がパッと嬉しそうに顔を上げた。
好きな女性を車で迎えにいく────まさかこんなシチュエーションを自分が体験することになるとは思わなかった。
助手席の窓を開けて、入ってと促す。綾芽はお邪魔しますと言って遠慮がちに車に乗り込んだ。
「すみません、わざわざ」
「いいよ。俺もお腹は減ってたから」
「えっと、どこに行くんですか?」
俊介は適当に走りながら行き先を考えた。この時間なら少し早いが店も空いているだろう。ただ、自分はいいが綾芽は明らかなパーティ帰りだ。となると、いつか行ったような居酒屋は入りにくい。
いくつか候補を思い浮かべていると。先日聖と一緒に入った店のことを思い出した。店内には緑が多く、綾芽が好きそうな雰囲気だ。こんな格好で入っても目立ちそうな店ではなかった。
「こういう格好だから、前みたいな店じゃないけど大丈夫か?」
「そうですね……流石に、これだとお店は選びますもんね」
綾芽の了承は得た。俊介は車のハンドルを切り、会社の方へ向きを変えた。
店に着いた頃にはちょうどいい時間帯になっていた。だが、綾芽はなにも食べていないからお腹が空いているのだろう。お冷やを出されるなり半分ほど一気に飲み込んだ。
「お腹減っただろう。気を使えなくて悪かった」
「いえ、いつもの仕事でもこんな感じですから慣れてます」
綾芽はピンクグレープフルーツジュース、青葉はジンジャーエールを頼んだ。こういうところに来て酒を飲まないと場がしらけそうだが、俊介は車だし綾芽は飲ませない方がいいだろう。恋人でもないのに酒を飲ませてしまった挙句車に乗せたら変に警戒されかねない。
「緑がたくさんあって素敵なお店ですね」
「聖がな、立花さんが好きそうだからって見つけてきたんだ」
「そうだったんですか。なんだか、重ね重ね申し訳ないです」
「気にしなくていい。年が近いし感覚が似てるから立花さんのことが気に入ってるんだよ」
「似てるなんて……だって、藤宮コーポレーションの社長じゃないですか」
「聖はああ見えて庶民的だからな。立花さんみたいに努力するタイプが好きだし、仲良くなりたいんだよ」
「そうなんですか……」
綾芽はなんでも食べれますと言ったので、俊介はメニューの中から適当に三、四品頼んだ。
綾芽はこういうところに来ると自己主張をしない。やはり気を使っているのだろう。自分としては綾芽の好きなものが知りたいのに、なかなか隙がなかった。
「立花さんは休みの日ってなにしてるんだ?」
「えっと……家の掃除とか洗濯とかです。普段はずっと家にいないので、休みの時に溜まったものを片付けてます」
綾芽の回答は想定の範囲内だ。彼女はほぼ毎日仕事に出ている。家のことなんてする暇がないのだろう。自分としてはどこに出かけているか、どんなものが好きかが知りたかったのだが、綾芽のような生活を送っていたのでは好きなものを楽しむ暇もないかもしれない。
「じゃあ……どこか出掛けたいところはないのか?」
俊介は思い切って尋ねてみることにした。周りくどく聞いたところで綾芽は答えないし、気を使って言おうとしないからだ。
「いえ……特には」
だろうな、と俊介は肩を落とした。綾芽は基本的に欲目がない。だから物も滅多に買わないし自分からなにかしたいということがない。
だから彼女からなにかしたいと言った時はとても嬉しいのだが、今までその一言を聞くにはかなり時間がかかった。
「────私は、人が多い場所よりは落ち着ける場所がいいかな、と思います」
「……落ち着ける場所? 静かなところってことか? 例えば?」
「そう言われると困るんですけど……人と接することが多いので、その方がいいかなって」
落ち着く場所、と言われてもなかなか思い付かない。都会はどこに行っても人だらけだ。人がいない場所だと田舎に行くか、少し都会から離れればそういう場所もあるだろうか。
「青葉さんは……おやすみの日はなにをしているんですか?」
「俺か? そうだな……俺も、なにかしら仕事してることが多いな。会社のことがない時でも藤宮家に行ったりするし、会社の仕事を家ですることもあるし……そう言われると、俺も立花さんと変わらないな」
「じゃあ、青葉さんはどこに行きたいですか?」
「行きたいところか……あんまり考えたことないが……ああ、海外旅行は行きたいと思ったな。大学の時に一度と、仕事で何度か行ったけどその時は遊ぶような時間もなかったし」
「海外ですか……どこに行きたいんですか?」
「ヨーロッパだな。イタリアは良かったよ。食事が美味しいし、景色もいい。日本と違って、誰に話しかけても大体フレンドリーだしな」
「へぇ……楽しそうですね」
「どこだったか、海が見える街があってな。そこの雰囲気がなんとも言えなんだ。一週間ぐらい住めたらいいんだけど、仕事が忙しいからそれは無理だろうな」
「じゃあ……海、行きませんか」
突然の誘いに、俊介はフォークを持った手をピタリと停めた。フォークに突き刺さったブロッコリーがぽとん、と皿の上に落ちる。
俊介は聞き間違いでないことを確かめるように綾芽を見つめた。決して、深刻さを醸し出さないように。
綾芽は俊介が固まったことを悪い方に誤解したのか、一人で弁解を始めた。
「あ、あの……青葉さんは普段お忙しいので、海ならゆっくりできるかなと思っただけです。別に私とって意味じゃ────」
「立花さんは海に行って退屈しないか?」
「そんなことは……ただ、かなり久しぶりに行くのであんまり覚えていないんです。小さい頃に行ったきりなので」
「じゃあ、海に行くか?」
俊介が尋ねると、綾芽は目線を下げて二、三度頷いた。
────まるで小動物みたいだな。
落ちたブロッコリーにもう一度フォークを刺して、俊介は口に運んだ。
同じようにサラダをフォークに突き刺した綾芽は口にそれを運び、視線だけ俊介の方を見つめた。その視線は目が合うとすぐに下がったが、俊介はいつまでもその顔を見ていられると思った。
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