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本編
思えば短い人生だった。
苦しいことは良い経験として礎に、楽しいことはすぐに過ぎてしまう儚さに。それらすべての出来事に尊い愛しさがつのる。
その一瞬一瞬が編まれ、紡がれた私の一生は長いものだと思っていたが、最期に振り返って見ればあっという間だった。
我ながら良い人生だったと思う。
自分の葬式を眺めながら、懐かしい顔ぶれに出向いてくれた礼を伝える。その声はもちろん相手には聞こえていない。
自分の運命を受け入れる時間は充分にあったし、子や孫はおろか、ひ孫までが見送ってくれるならもう思い残すこともない。
辺りを見回すとそれまで見ていた“現実”の世界は輪郭を失い、いわゆる“あの世”への道が開けてきた。光の続くほうへ進むと、そこに川があり、渡った先には天国のような風景が開けていた。
そこは実際の天国で、私はそこで担当者に再会した。現世についての反省会や今後の進路などを相談しつつ、懐かしい仲間たちとの再会を果たしたり自ら立ち上げた仕事をしたりと忙しく、それでいて心穏やかに過ごしていた。
ある日ふと、覚えのある感情がこみあげてくる。
人間として肉体を動かし生きていた頃が懐かしくなったのだ。
この先の進路はいくつかあるのだけれど、私はまた、一人の人間として地上に、また“あの世”に生まれ行きたいと望んだ。
綿密な計画を立て、様々な手続きを終えて仲間に一時の別れを告げ、天国を旅立つ。
しばらくの間、安心できる暗闇で瞑想をして過ごす。出来ていく肉体に魂を馴染ませながら“時期”を待っていた。
やがてその時が来て狭い道を進むと、光が見える。
肺に空気が送り込まれた瞬間、私は泣いた。
「おぎゃぁ! おぎゃぁ!」
それは、また生きることが出来る嬉しさと、また生きなければならない苦しさが織り混ざった泣き声だった。
end
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