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田んぼ道の向こうに、ぽつぽつとオレンジ色の灯りが見えはじめた。
いつもはひっそりと静まり返っている神社から、祭囃子の太鼓や笛の音が漏れ聞こえてくる。
目線の先を浴衣姿のカップルが横切って、その手があったか、と思った。
二人きりで祭りに誘うことに必死で、服装まで気が回らなかった自分を悔やむ。
どうせ、面倒くさがりなあいつのことだ。
こちらから頼まなければ、絶対に浴衣でなんかやってきやしないだろう。
見たかったな、浴衣姿。
いや、でも、やっぱり……心臓に悪すぎるか。
「――、遅い」
不意に名前を呼ばれて、ハッと顔をあげた。
鳥居横の狛犬像に我が物顔で寄りかかり、そいつは立っていた。
「ちぃ」
呼び慣れたあだ名を口にする。それだけで、また少し体温が上がった気がした。
ちぃは、高校のクラスメイトだ。
そして僕の……好きで好きでたまらない人。
思った通り、ちぃは浴衣ではなく、普段と変わらないラフなTシャツ姿だった。
ショートパンツから伸びる、すらりとした長い足を邪魔そうに揺らして。
色素の薄いストレートヘアの隙間から、小さなピアスが光る。
結局のところ、ちぃがどんな格好だってグッときてしまうのだ。
学校以外で待ち合わせるということ自体が、僕にとっては特別で――。
「……祭りだってのに洒落っ気ないね」
そしてやっぱり僕のほうも、口をついて出るのはいつもの憎まれ口。
「うるさ~い! そっちだってなんでビーサン? 海無し県なのに意味不明」
「いやビーサンじゃないから! そういうデザインなだけ! つってもこれ兄貴のだけど」
「ふぅん。ね、喉乾いた。早く行こ?」
ちぃが関心無さげな声で言って、僕に目配せをした。
参道の入り口にぶら下がる満月色の提灯が、ちぃの黒目がちな瞳にぼんやりと映り込む。
一瞬、その目に吸い寄せられそうになった。
手のひらに汗が滲む。
それを誤魔化すように、ぎゅっと拳を握る。
「……っ、待ってよ」
僕は先を行くちぃのあとを足早に追いかけた。
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