茅咲(ちさき)の場合

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茅咲(ちさき)の場合

 今しがたすれ違った浴衣姿のカップルを見て、失敗した、と思った。  私も、浴衣でくればよかった。  そうすれば、いつもより少しはしおらしく見えたかもしれないのに。    でも、もう今更だ。こうして二人きりで祭りに来られただけでもラッキーなんだから。  少し冷めたたこ焼きの最後の一つを頬張って、ちらりと隣を見る。  ラムネ瓶を傾ける端正な横顔。  中のビー玉が、カラ……と涼しい音を立てる。  飲み込むたび喉が上下するのをじっと見つめてしまい、ふと我に返って、慌てて視線を外した。   「――、なに?」 「え」 「見てたでしょ、今」 「みっ、見てないよっ!」  図星をつかれて、私はおもわず声を裏返した。   「うそだぁ。絶対見てたね。視線を感じた」 「いや……の首、夏なのに相変わらず白いなって」  私が口先で小さく呟くと、いっちゃんは「そっちこそ!」と八重歯を覗かせて笑った。  どくんと心臓が波打つ。  この笑顔が、私は好きで好きでたまらないのだ。 「明日の祭り、一緒に行かない?」  クラスメイトのいっちゃんから突然そう誘われたのは、昨日の昼休みのこと。  私は「いーよ」とそっけなく返しながら、内心とんでもなく舞い上がっていた。  自分から誘いたくても勇気が出なくて、諦めかけていたから。  このチャンスにかけるしかない。そう思った。    私は今日、この祭りで、この人に想いを告げる。
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