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サンダルを脱いで砂に素足を付けたとき、あっと思った。 熱くない。 普通なら、熱い、と、騒ぐのだろうが、熱いだろうと思い込んでいた私には、むしろ多少ひんやりとした砂の感触は意外であり、思わず笑みがこぼれた。 「琴子さん」 (あきら)さんの穏やかな声がしたので、私は振り向く。日傘の向きをくるりと変えて、白いワンピースの裾がわざとゆれるように。かろうじて耳が隠れるくらいの短い髪が、風でふわりと舞うように。 「なんでしょう?」 小首をかしげた私を見て、朗さんは眉をひそめた。 「琴子さん、お時間です。そろそろ帰らないと皆さんが心配する」 行きますよ、と朗さんは私の隣に歩み寄り、かがんでサンダルを拾った。 「痛くはないんですか?」 「大丈夫よ」 「それは良かった」 朗さんが微笑む。この笑顔に出会えただけでも、私の人生は幸せだったと言えるだろう。大げさよ、と友人には言われるけれど、事実なのだから訂正する気はさらさらない。 「さあ、どうぞ」 青年らしい細く長い指をサンダルのストラップに引っ掛け、朗さんは、もう片方の手で私の腕を優しく掴む。促されるまでもない。私は勢いよく、不本意ながらも、ややはしたなく、車椅子の座席に腰をおろした。 「楽しめましたか?」 「ええ」 短い会話の間に、私の足には朗さんの手によりサンダルが履かされた。軽く砂を払われたとき、くすぐったくて笑ってしまったが、照れ隠しについ口調がおどけてしまう。 「おばあちゃんの足だから、恥ずかしいわ」 年甲斐もなくはにかむ私に、朗さんは笑いながら首を振る。 「おきれいですよ」 孫ほどの年齢の朗さんだが、私や、他の入居者のことを不必要に年寄り扱いしないのは、ヘルパーという職務のためではなく、彼の人柄なのだと思う。 薄情な娘や孫はほとんど会いにはこないが、たまに来ると必ず、朗さんで良かったね、と言うのだ。それを聞くたびに私は、卑屈な意味でなく、娘たちが見放してくれたからよ、と心の中でほくそ笑む。 「帰りましょう」 私の言葉に、はい、と朗さんは頷き、車椅子の向きを静かに変えた。 砂浜には、綺麗な2本の轍がある。朗さんの足跡を包むようにまっすぐのびたその道を、今度はなぞるように帰るのだ。 夏のひととき、朗さんと砂浜で過ごした思い出を胸に。 砂浜のように白い、ざらついたコンクリートの四角い箱へ。 終の棲み家へ帰るのだ。 了
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