序章 愛されたい男と愛されたくない女

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「兄さん、吸ってはいけませんよ。姐さんからも言われているでしょう?」  オヤジの手が煙草の箱に触れるのを阻止するかのように、誰かが制止の声を上げた。  そちらを見ると、舎弟頭である安方昌三(やすかたしょうぞう)が部屋の入り口に立っていた。  オヤジの弟分である安方は、お堅い人間。整髪料で整えられた短めの黒髪が、空調機から送られる風により揺れている。  あと少しだったのに邪魔しやがって。俺は安方を睨むように見ていた。 「そうだった、そうだった。小夜子(さよこ)を怒らせる訳にはいかんばい」  ハハハと、オヤジは声を出して笑っている。笑いごとではないと、安方が注意していたが、何がおかしいのかオヤジは笑ってばかりだ。 「知らなかったとはいえ、オヤジに煙草を勧めた俺の責任です。すみませんでした」 と、頭を下げて謝ったが、腸が煮えくり返りそうな思いでいっぱいだ。  すると、安方は全て見透かしているかのようにフンと鼻で笑って、 「本当に知らなかったのか?」  俺は、吸いかけの煙草の火をテーブルの上にある灰皿で揉み消し、 「何がおっしゃりたいんです? 俺がわざとオヤジに勧めたとでも?」  俺が聞き返すと、安方は振り返って、 「それはお前が一番分かっていることだろう?」 と聞き返し、奴は部屋から出ていった。  パタンと部屋の扉がしまった後、何とも言えない怒りが沸々と沸き上がってくる。  安方はいつも俺の邪魔をする、目の上のたんこぶのような存在。常日頃、殺してやりたいとは思っているが、 立場上それは出来ない。 「浅井、俺の誘いを断るっちどういうことかちゃ!?」  すると、表から叫び声が聞こえてきた。声からして、畠中の兄さんだ。 「おるんやろが、出てこい!」  かなり酔っ払っているのか、兄さんは迷惑も考えずに何度も叫ぶ。
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