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武闘派ヤクザとされている畠中の兄さんの名を語るなど、命知らずにも程がある。
俺は焼酎を一口飲んで、
「暫く泳がせてみては? その内、尻尾を出しますよ」
「いや、組の若い者に捜させる。自分の名を語られて平気でいられるほど、俺は出来た男やない」
「それはそうですけど……」
俺が納得しないのは、兄さんが刑務所から出たばかりだからだ。刑期は短かったが、また騒ぎを起こせば刑務所に逆戻り。マル暴が喜んでくるだろう。
「見つけしだい殺す」
しかし、当の本人は全く気にしてない様子。殺すと息巻いてる兄さんから殺意がヒシヒシと伝わってくる。
スナックを出た頃には、深夜0時を回っていた。まだ飲み足りないと豪語する畠中の兄さんは、「次の店に行こう」と言っていたが、俺は誘いを断って車に乗り込む。
付き合いが悪いと文句を言われようとも、俺は帰らなくてはならない。なぜなら、迎えに行くと優里に言ったからだ。
約束は破る為にある、と誰かが言っていたが、愛する女との約束は守りたい。優里だって、俺が来ることを望んでいるだろう。
嫌よ嫌よも好きの内。口では嫌いだと言っているが、彼女もきっと俺に気があるに違いない。でないと、会ったりしないはずだ。
翌日、優里が住むマンションの前に車を止めて彼女が出てくるのを待つ。運転席にいる橋田は、眠いのか欠伸をしている。森下はボーッとしていて、何を考えているのか分からない。
「姐さん来ますかね? 出てくる気配がありませんけど……」
しんと静まった車内で、橋田が開口一番にくしゃみをした。
六月だというのに、今日はやけに肌寒い。小雨も降っていて、空は鈍よりとしている。
「俺が来いと言ったんだから、来るに決まっているだろ? それとも、俺に文句があるのか?」
と聞き返すと、橋田はすぐに頭を振った。
すると、マンションの玄関扉が開いた。そこから出てきたのは優里だ。カジュアルなストラップワンピースを着ている彼女は、こちらを見るなり溜め息を吐いた。
「乗れ」
俺が窓を開けて指示すると、優里は面倒臭そうに車へ近付き、
「バスに乗るんで大丈夫です」
「俺が乗れと言ってるんだから乗れ」
と返事をすると、森下が車から降りた。そして、彼は後部座席の扉を開ける。
「はい」
あからさまに嫌そうにする優里は渋々車へ乗った。森下が扉を閉めると、彼女は俺から距離を取って座り直す。
よほど俺に気があるようだ。俺から距離をとるのは、照れ隠しとしか思えない。それが勘違いだと知らずに、俺は優里の肩を抱いて、
「今日も予定を開けておけ」
と耳元で囁く。
その直後、優里は俺を押し退けようとしながら、
「嫌です。それに、今日はバイトなんで会いに来ないでください」
はっきりと物申す優里は、こちらを見ていない。
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