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「バイトがそんなに大事か?」と問いたいが、それを問うてしまえば、優里はそうだと答えるだろう。
仕事をするなとは言わない。しかし、本音はずっと俺の側にいてほしい。口が裂けても言えぬ言葉をゴクリと飲み込み、俺は優里の肩から手を離した。
「バイトは何時に終わるんだ?」
半ば苛立ちながら聞くと、優里は窓の外を眺めながら、
「十時です。言っときますけど、バイト先には来ないでください」
「男がいるからか?」
「なんでそういう考えしか浮かばないんですか? 迷惑だからに決まっているでしょ? だから、来ないでください」
「黙れ、俺に指図するな。お前は俺に守ってもらえて嬉しいはずだ」
と俺が言った瞬間、黒い窓ガラスに映る優里の眉間に皺が寄った。
すると、申し訳なさそうに車が動き始めた。先程から、ルームミラーに映る橋田と目が合う。何を気にしているのか、その表情は不安げだ。
「俺に守ってもらえて嬉しいか?」
クックッと喉を鳴らして笑うと、優里が勢い良くこちらを見た。車に打つかる雨の音と 心地の良い音楽が車内に流れる中、誰かがゴクリと息を飲んだ。
「嬉しいか?」
再び聞くと、優里は直ぐに頭を振った。
「嬉しいわけないでしょ?」
愚問だ、と彼女の目が訴えている。
それを聞いた瞬間、押さえようのない怒りが沸き上がり、勢いで優里の髪を鷲掴んだ。そして、彼女の顔に顔を近付け、
「嬉しいか?」
と聞き返す。
けれど、目に涙を溜めた優里は、震える唇で嬉しくないと答えた。
自分の物にならない苛立ちを押さえることが出来ず、何度も聞き返す。それでも、彼女はイエスとは言わなかった。
はいと言わないのは、俺を惑わそうとしているからか。男を誑かすその性分は魔性の女としか言いようがない。
その証拠に、ガラス玉のような目は、俺を誘っているようにしか見えない。
やめて、と優里は抵抗していたが、俺は彼女の唇に唇を近付け、双方を触れ合わせる。
閉まった口に無理やり舌を捩じ込ませ、綺麗に並んだ歯に舌を這わせる。
何度もそれを繰り返していると、一瞬だけ隙間が開いた。俺はそれを逃さず、一気に舌を捩じ込み、優里の舌に舌を絡ませる。
流れ込む息、流れ込む唾液。逃げ惑う舌を逃すまいと、俺は何度も舌を絡ませた。
絡んで絡んで絡み合う舌は、まるで愛し合う恋人のよう。
無謀な抵抗も、俺にとっては興奮させる材料にしか過ぎない。
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