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駅の正面に着くと、黒塗りのレクサスが歩道に沿うように止まっていた。車の前に立っている男は俺の部下である森下だ。俺達が車に近付いた瞬間、森下はすぐに後部座席の扉を開け、「どうぞ」と言葉を添える。
「乗れ」
と優里に言ったが、彼女は一向に乗ろうとしない。それどころか、俺を睨んで、
「一人で帰れます」
「それを聞いて、俺が素直に帰すと思うか? いいから乗れ」
強引に車の中へ押し込むと、観念したのか優里は後部座席の隅の方に座った。そして、彼女は窓の外を眺めながら手で涙を拭っている。
俺が車に乗り込むと、森下は後部座席の扉を閉めて助手席へ乗り込んだ。
運転手である橋田は代紋をもらっているが、森下はまだ部屋住みなため代紋をもらっていない。スーツに着られている森下は、極道とは不釣り合いな顔をしている。
一方の橋田は極道を絵に描いたような奴だ。
橋田ははシフトレバーなどを操作し、アクセルを踏み込んだ。すると、車はゆっくりと走り始め、やがて速度を出して公道を走る。
会話は一切無い。無音の空間は、どこか重々しく感じる。
「……帰りたい」
優里がポツリと呟いた。彼女は踞り、「帰して」と泣き続ける。
罪悪感はない。それよりも、帰したくないと心が叫んでいる。
しかし、それは許されないことだ。好きな女を引き止めることが出来ない自分自身に腹が立つ。
行き先は伝えていないのに、車は優里が住んでいるマンションの前へ着いた。わずか、十五分での出来事。良い時間はあっという間に過ぎていく。
目の前にある茶色いマンションを燃やしてやりたい。そんなことを考えつつ、俺は小さく溜め息を吐いた。
「どうぞ」
助手席から降りた森下が後部座席の扉を開けた。すると、優里は車から降りていく。そして、彼女は森下に向かって無言で頭を下げ、別れの言葉も言わずにマンションの中へと入っていった。
「大丈夫なんですか?」
それを見ていた橋田が口を開いた。俺はスーツの懐から出した煙草を咥え、オイルライターを使って煙草の先端に火をつける。火がついた所から一筋の紫煙が上がり、それは橋田が開けた窓の隙間から外へ逃げ出していく。
「なにがだ?」
「銃声が聞こえましたけど……」
「チンピラ共の仕業だから気にするな」
「はい」
そうでないことは、橋田自身分かっているはず。それでも、チンピラのせいにしたのは、誰が聞いているか分からないからだ。
先程の一件は、金で雇ったチンピラのせいにするつもりだ。所謂、身代わりである。
オヤジもきっとそうするだろうし、その事に対して文句を言う奴はいない。
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