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「杉崎さん」
「なに?」
「私も逃げ出したくなるときあるよ。というか、逃げたんだ。本当の自分をわかってほしくて。それで、この町に来たんだ。私が住んでた町じゃ、誰も本当の私を見てくれないからね」
「どういう意味?」
杉崎さんならいいかな。
私は、伊達眼鏡を外した。決して、目に光は灯さずに。
彼女を私の世界に引き込みたいわけじゃない。
「あれ……?」
杉崎さんの目が見開かれた。
「貴方ってまさか……金田夏……」
「シッ」
私は右人差し指を顔の前に立てて、彼女の言葉を遮った。
「『金田夏葉』を知っていてくれてありがとう。でも、貴方はきっと秘密を守ってくれると思うから、正体を見せた。でもね、私は『冬木果耶』としてこの町で生きていくの。本当の自分になって。だから――」
そこまで言うと、杉崎さんは大きくため息をついた。
「私も、この町で、本当の私になれって……?」
「そう。やろうよ。一人じゃ大変だけど、二人でさ」
杉崎さんは少しの間、沈黙した。
私は次の言葉を待った。
こんなに答えが待ち遠しいのは初めてかもしれない。
杉崎さんは、苦笑して、「仕方ないわね」と言った。
思わず私は笑みがこぼれた。
「うん。今日から友達になろう。えーっと……『アオハル』しよ?」
そう言った瞬間、杉崎さんの顔が引きつった。
あれ?
「……なんでこの状況でそういう言葉使うかな」
杉崎さんは引いた目で私を見た。いや、身体ごと引いていた。
あれ? ここで使う言葉じゃなかったのか……?
フツーの女の子の道って本当に険しいんだな。
やっぱりフツーの女の子にはなれないのかな。
でも、フツーじゃない出来事を経験した私たちはきっと仲のいい友達になれるんじゃないかな。
「あのさ」
「なによ?」
「杉崎さんの下の名前ってなに? 私のこと果耶って呼んでいいからさ。教えてよ」
そう言うと、また彼女は「しょうがないわね」と苦笑して、下の名前を教えてくれた。
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