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薄暗い雨の道を私は歩いていた。
古い木造の駅の前で私は傘を閉じ、駅舎に入る。
外より更に薄暗い駅舎内のベンチに、長い黒髪の女の子がいた。
「杉崎さん」
私は、彼女の背後から声をかけてみた。
「……なんでここに?」
振り向かないまま杉崎さんが言った。
私は、杉崎さんの隣に腰かけた。
「何か嫌なことがあって、逃げ出したくなるときってあるよね。そしたら人は落ち着く場所を探す。今まで一番自分らしくいられた場所。杉崎さんなら『東京』に」
雨の音が少し遠くに聴こえる。杉崎さんは何も話さない。
「でも中学生の経済力じゃ遠くにはいけない。この町にはお金を借りる友達もいない。でも東京に繋がる場所までは行きたい。そう思うんじゃないかなと思って、この駅に来た」
この駅は、富山駅に通じていて、そして、富山駅は東京駅に繋がっている。
「ウチの父、仕事で家を顧みる人じゃなくってさ……」
急に杉崎さんが話し始めた。
「いつも家の中はギスギスしてた。で、結局、母が自律神経失調症になっちゃった。で、母の実家に帰ってきたの。私は東京にいたかったのに」
「そっか……」
「母は泣きながら言うの。『私を一人にしないで』って。父にも頼まれて私は一緒に富山に来た。一時的な引っ越しだと思ってた。落ち着けば、東京に戻るんだろうって」
「だから、みんなと距離を置いてたんだね」
杉崎さんは頷いた。
「でも、昨日の夜、離婚することが正式に決まったの。朝、急に『これからはこの町でママと暮らそう。それが貴方にとっても幸せなのよ』だって。え? 私の気持ちは? 今まで母のために我慢してきたのは何だったの? ってね」
そして、彼女は逃げ出したくなったんだろう。
ただ、現実を理解する冷静さがあった彼女は、この駅で踏みとどまった。
「これでも私、家ではイイ子にしてたんだよ? 自分を家でも学校でも抑えて過ごしてきたんだよ? 誰も本当の私をわかってくれないけどね」
吐き捨てるように彼女は言った。
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