フツーの女の子、はじめました

12/13
前へ
/13ページ
次へ
*  薄暗い雨の道を私は歩いていた。  古い木造の駅の前で私は傘を閉じ、駅舎に入る。  外より更に薄暗い駅舎内のベンチに、長い黒髪の女の子がいた。 「杉崎さん」  私は、彼女の背後から声をかけてみた。 「……なんでここに?」  振り向かないまま杉崎さんが言った。  私は、杉崎さんの隣に腰かけた。 「何か嫌なことがあって、逃げ出したくなるときってあるよね。そしたら人は落ち着く場所を探す。今まで一番自分らしくいられた場所。杉崎さんなら『東京』に」  雨の音が少し遠くに聴こえる。杉崎さんは何も話さない。 「でも中学生の経済力じゃ遠くにはいけない。この町にはお金を借りる友達もいない。でも東京に繋がる場所までは行きたい。そう思うんじゃないかなと思って、この駅に来た」  この駅は、富山駅に通じていて、そして、富山駅は東京駅に繋がっている。 「ウチの父、仕事で家を顧みる人じゃなくってさ……」  急に杉崎さんが話し始めた。 「いつも家の中はギスギスしてた。で、結局、母が自律神経失調症になっちゃった。で、母の実家に帰ってきたの。私は東京にいたかったのに」 「そっか……」 「母は泣きながら言うの。『私を一人にしないで』って。父にも頼まれて私は一緒に富山に来た。一時的な引っ越しだと思ってた。落ち着けば、東京に戻るんだろうって」 「だから、みんなと距離を置いてたんだね」  杉崎さんは頷いた。 「でも、昨日の夜、離婚することが正式に決まったの。朝、急に『これからはこの町でママと暮らそう。それが貴方にとっても幸せなのよ』だって。え? 私の気持ちは? 今まで母のために我慢してきたのは何だったの? ってね」  そして、彼女は逃げ出したくなったんだろう。  ただ、現実を理解する冷静さがあった彼女は、この駅で踏みとどまった。 「これでも私、家ではイイ子にしてたんだよ? 自分を家でも学校でも抑えて過ごしてきたんだよ? 誰も本当の私をわかってくれないけどね」  吐き捨てるように彼女は言った。 
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加