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カチャカチャと金属の触れ合う耳慣れない音と、ひっきりなしに人が出入りする気配にふと意識が浮上した。
白い天井と広い窓。
馴染みのないシーツの肌触りになぜか急に不安になる。
ここ、どこだろう
「やっと起きたか、この大馬鹿野郎」
目を開けたとたん、そんな罵声が降ってきた。
「和泉? 無事だったんだ……」
驚いて体を起こそうとした郁葉をあわてて押しとどめながらも、和泉は怒鳴るのをやめなかった。
「寝とけ、起きるな、無茶するな、馬鹿か」
「和泉、なんともないの? 身体…」
「俺の心配はいいんだよ!! お前何日眠ってたと思ってんだよ」
「え?」
聞けば祭祀の夜から三日の間、ずっと眠りっぱなしだったのだそうだ。
「なんであんな無茶なことするんだよ、お前が巻き込まれる必要はないって言っただろ」
「和泉がピンチだったから、つい……」
「つい…じゃないわ!! オレにはちゃんと勝算があったんだよ」
「怒ることないだろ、助けたかったんだよ」
「そのせいでお前になんかあったらどうすんだよ!!」
「悪かったよ、余計な事して」
「ああもう! 開き直りやがって」
呆れた顔で頭を抱える和泉。
郁葉は苦笑して話題を変えた。
「もしかして、ずっと付いててくれたの?」
「そんなにヒマじゃねぇよ、なにせ屋敷は土石流で流されちまって片付けに人手がいるし、親父は…まだ見つかってない」
「そう、なんだ」
瀬川の家は、祭祀の朝から降り続いた豪雨でゆるんだ裏山から流れてきた土砂に巻き込まれ、屋敷ごと流されてしまったのだそうだ。
怪我人は出たが、死んだ者はおらず、当主の賢吾だけがまだ見つかっていないそうだ。
「蛇神さまは?」
「もういない、わかるんだ。やっと子供を取り返して屋敷からも解放されて、せいせいしてるんじゃないか」
そう言って笑った和泉の笑顔もずいぶんと清々しかった。
「これからどうするの?」
「全部済んだら東京に戻るよ、まだ弁護士と相談中だけど、母さんの伯父って人が後見人を引き受けてくれそうなんだ」
「瀬川の家にはもどらないんだ」
「もともと家族だなんて思ってなかったからな、お互い」
和泉の表情には恨みも感傷もない。
「じゃあ、お母さんの伯父さんと暮らすんだ」
「いや、一人暮らしだよ。大伯父さんには成人するまで保護者欄に書く名前を借りるだけ」
和泉はさばさばと言ってから、郁葉の顔をみてぎょっとした。
「そんな顔するなよ、同情なんかいらねえぞ」
「違うよ、ただ、和泉が一人ぼっちで暮らすのかとおもったら」
「ぼっちって…言い方考えろや」
「会いに行っていい? いや、行く、絶対」
「変なヤツだな、俺、もう戻るぜ」
和泉はあきれ顔で立ち上がった。
「毎週行くからな、和泉」
しつこく言い募る郁葉に、和泉は吹き出した。
「勝手にしろよ、じゃあな」
そのまま病室を出ていくのかと思ったが、スライドドアを開けたところで立ち止まって、和泉は振り返った。
郁葉の顔を見ないよう、注意深く視線をそらしながら、左手で顔をこする。
「でも、ま、あ、ありがとな」
「お、おう、どういたしまして」
和泉の倍くらい赤面して郁葉はうなずいた。
真っ赤になったその顔を見て、和泉はなぜか急に疲れを覚えて嘆息した。
「あーもう! 調子狂うわ」
そのままずかずかと大きな歩調で歩き出す。
窓の外では鬱陶しいぐらいの蝉の合唱がはじまっていた。
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