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前編
この街には、腕の良い硝子職人がいる。
逢いたい人とそっくりな人形を作れる魔法使いだ。
髪も瞳も体も全て硝子細工で出来ていて、造形は人間と変わりがない。私は職人から送られてきた完成画像を暫く眺めていたが、急いで彼が気に入っていた服を用意すると、電車に乗り硝子職人の工房に向かった。
都会の外れにある、緑の多い場所に古びた工房はまさに魔法使いの家のようだ。ここで1体ずつ時間を時間をかけて硝子人形達を生み出しているのだろう。私がオーダーした硝子人形がようやく完成したのだ。もうすぐ彼に逢えると言う逸る気持ちを抑えながら私は工房に入った。
恰幅の良い中年男性が、私を見るとにっこりと柔和に微笑む。
「お待ちしておりましたよ。さぁ……どうぞ」
工房の奥にはアンティークでお洒落な部屋があり、そこには硝子で出来た彼が座っていた。氷の彫刻なようだが、硝子で出来ているとは思えない位に髪の一本一本まで精巧に出来ている。二年も待っていただけの事はある位に素晴らしい出来だった。
私は、いつの間にか泣いていた。
ある日突然旅立ってしまった彼が今目の前にいるのだ。全裸の彼に、私は服を着させてあげると立ち上がらせた。
硝子の恋人は、命じたように動くが体温も無ければ無表情で話す事も無かった。
「お嬢さん、契約の時に説明したけれど、硝子人形はお嬢さんの言葉は分かってもお嬢さんの気持ちには答えないよ。まぁ、これは、どのお客さんにも言ってる事なんだけね」
それでも構わない。例え心が無い硝子のアンドロイドでも私にとっては彼に変わりは無いから。私は最後の手続きを済ませ彼を引き取るとタクシーを拾いマンションまで帰った。
硝子人形の事について世間では、好意的な意見ばかりでは無く、現実逃避の産物だとか、人権を無視しているという意見も未だに多く、否定的な人も多い。私はそう言う奇異な視線から彼を護りたくて人目につかない方法を選んで帰宅する事にした。
タクシードライバーが、私達の事をチラチラと見ているが乗車拒否はされる事は無く助かった。隣に彼を座らせると前を向いたまま微動だにしない冷たい手を握った。病室で最後に握った時の感覚と同じだ。
「運転手さん、ここで良いです」
私はそう言うと、毛布を彼に被せてタクシーから降りた。料金を支払うと誰にも見られないようにしてエレベーターに乗った。生憎、車を持っていないせいで彼に最低限の配慮しか出来なかった事を心の中で謝罪した。
透き通った瞳が不思議そうに箱の中を見ている。硝子人形は話す事も無ければ考える事も無いと思っていたが、認識する能力はあるのだろうか。
エレベーターが止まる音がして、私達と入れ代わりに同じ階のカップルとすれ違うと、こちらを見ながらヒソヒソと話している。気まずい気持ちになったが、私は彼の手を引いて自室に戻った。
これでいい。
何も間違ってない。
私はただ彼に逢いたいだけだもの。
私は扉にもたれかかると、無表情で見つめる硝子人形を見た。
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