あの頃

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 夏が来れば思い出す。  ――あの頃は、まだ子供だったんだ。 「今のところ、もう一回合わせようぜ!」  そう切り出したのは、体育大会の朱雀団、つまり赤色の応援団長であった。  俺は、体育大会の応援合戦や、エール交換、団員の取りまとめを行う応援リーダーの1人だ。応援リーダーは応援団長の下につく各団12人からなるメンバーで中学3年の俺達8人と2年の4人で構成されている。  今は、応援合戦の振り付けを合わせているところだ。  もう何度も何度も、繰り返している。  その成果が出ているのだろう。  だいぶ動きに無駄もなくなり、シンクロするようになってきていた。  応援団長の言う通り、納得がいかないところを徹底的に練習して、今日の応援練習は終わった。 「先輩、今日はどこか寄って行きませんか?」 「ん? 駄菓子屋でも寄ってく?」  こう話しかけてきたのは、2年生の女子、長川さんだ。  長い髪をポニーテールにしている、さわやかでちょっと可愛い女の子。  大きな目に長いまつ毛が印象的である。  学校の近くに駄菓子屋があるので、そこへ寄っていくか聞いてみる俺。 「あたしはどこでもいいですよ!」 「んじゃあ寄ってくか!」 「はいッ!」  彼女は、よく俺に話しかけてくれるとてもいい娘だ。  笑顔がまぶしくて、先輩と言うだけの俺に何かと世話を焼いてくれる。 「はやく、体育大会の日がこればいいですね……」 「だね。こんなに練習してるんだから優勝したいな」  なんて適当な会話をしながら、練習や帰り道でだんだん仲良くなっていったんだ。  そして、あっと言う間に月日は流れ、体育大会当日となった。  結果は、応援部門は見事、優勝という結果で体育大会は幕を降ろした。  ちなみに、肝心の競技は2位だった。   その結果に応援リーダーである俺達は、メンバー全員で狂喜乱舞した事は言うまでもないだろう。  本番が終わると、俺と後輩である、長川さんの接点はなくなり、会う事も少なくなっていった。  そんな時、体育大会の打ち上げをしようという提案がなされ、9月の某日に行われる事になった。夏も終わりそうな頃、応援リーダーの1人の家で打ち上げが行われる事になった。  あの時のメンバーが全員集まって、バスケをしたり、ゲームをしたりして楽しい時間を過ごした。中学生だったけど、夜通し遊んで盛り上がった。  それに海が近かったから、皆で夜に海を見に行った。  その時は台風が近づいていて、ものすごく風が強い日だった。  砂浜に到着すると、波が荒れ狂っていて、深夜という事もありすごくテンションが上がった事を覚えている。  俺の後を長川さんがついてくる。  それが解って、俺は歩くスピードを少し落とした。  後ろを気にしつつ歩きながら、ふと後ろを振り向く。  長川さんと目が合うと彼女は満面の笑顔を浮かべてくれる。  何故か心が満たされるような気がした。  打ち上げも終わって、学校生活が落ち着いてきた頃、俺は友人から手紙を受け取った。彼女によれば、ある人からの手紙を預かったとの事だ。  俺は一人になれる場所を探して手紙を開く。  高鳴る鼓動を何とか抑えながら手紙を読んでみると、そこにはこんな思いがつづられていた。  ――好きです。付き合って下さい。  差出人は長川さんだった。  俺は、特に深く考えずにOKの返事をした。  それから、俺達は他愛のないやり取りを繰り返した。  一緒に帰ったり、公園で何気ない会話を楽しんだり。  しかし、幼い恋愛劇は長くは続かなかった。  俺は受験に失敗して、私立の高校へ通う事となった。  何もかもが面倒臭い。思春期特有の黒い感情。  そして、携帯も何もない時代。簡単につながっていられる手段はない。  彼女からは手紙が届いた。  俺は、返事を返さなかった。  気づいた時には、自然消滅していた。  俺の思いなど、所詮はその程度だったという事だ。  そして俺は大人になり、日々、仕事に追われている。  あの夏の記憶はまだ消えてくれない。
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