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夏の終わりに非常識
暑い夏。
熱すぎる俺の身体。
あの娘は、ついこの間まで…そこの海の家で働いていたはずであったが、もうそこにはいない。
あぁ、儚き夏よ。どうして、俺をさしおいて海は勝手に閉じてしまうのですか。
浅はかではあった。今となっては、後悔しても仕方がない。
あの時の不注意から起きたミスは、きっと人生を左右するほどに、大きなミスだったに違いない。
________阿鼻叫喚する約1ヶ月前
「あのー、いつも利用して下さって、ありがとうございます。これ、お店からのサービスです。どうぞ!」
阿呆みたいに口を半開きにし、その吸い込まれそうな店員の笑顔に俺は恋をしていた。
汗をタオルで拭いながら、店長がにんまりとした表情で、こちらの様子を伺っていた姿は懐かしい。
呆れ返るほどに、俺はこの海が好きだった。
だから、俺は毎週末…いいや、それどころではない。平日の仕事帰りにも通いまくっていた。
熱い鉄板の上で美味そうに焼かれた一本イカと毎日のようにサービスで出される枝豆…それらをつまみに生ビールを飲んでいた俺。
海水浴を楽しむのは二の次で、海の家に居座ることが目的だったのは言うまでもない。
悪しからず、俺は酔っ払った勢いで、彼女をデートに誘った。
あーあどうせ、駄目だろうと高を括っていたが、なんと返事はYES。俺は彼女から連絡先のメモを貰った。後日、スケジュールを合わせて、ご飯に行こうって約束をした。
あかんことをしたと今になって思う。
あの時に俺から連絡先メモを渡していれば…連絡先メモを貰った瞬間にすぐ連絡先を携帯に登録しておけば…結局、携帯は車の中だったわけだが…。連絡先を暗記できるほど、頭は冷静でもなかったし。
あたふたして、折角貰ったメモをズボンのポケットに入れて、そのままにしてしまった自分が情けない…。
安心仕切ってしまったのが運のつきだ。
緊張が解け、一気に込み上げてくる嬉しさの波…心高鳴る…狂喜乱舞の末、いつもは海で泳ぐなんてことはしないはずだが、そのままの状態で水の中へダイブ…。
あっしまったと気づいたときには遅かった…。無我夢中で嬉し笑いを必死に堪えながら、泳ぎ狂った後、俺はポケットのズブ濡れになった連絡先メモを見て、一気に酔いが冷め、意気消沈した。
あっと、我に返り、今ならまだ間に合うと…
ぺったんこになった頭をオールバックに、あの娘がいる海の家へと颯爽と走り出す。
が、残念。一足遅かった。彼女のバイトシフトは終わりを告げていた。
呆気らかんな表情をした俺の右手に握られていたグシャグシャなメモを店長が見て、声をかけてくれた。明日もバイト入ってるから、細心の注意を払って、再挑戦だ!と。
ありがとう、店長…。
しかし…感謝も虚しく、悪いことは続けざまにおこる。
安堵感から一転、嘲笑うかのようなことが起きる。急速に蔓延した未知の感染ウィルスの影響で、国は超緊急事態宣言を発令…完全な外出禁止を余儀なくされた。
勿論、海水浴場も完全閉鎖であった。
どこまで長引くのか、我が国はこれにて沈没してしまうのかと想い悩むのが一般的ではあるが、俺はあの娘にもう二度と会えないかもしれないというエゴ悲壮感の方がよっぽど強かった。
程なくして、宣言は解除された。まさかとは思ったが、有能優秀な隠れ若手科学者たちが国からの研究資金援助を受け、可及的速やかに効果99%のワクチンと特効薬を開発してしまったのだ。
9月初旬、俺は海辺に1人、曇りががった空を見ながら、横たわっていた。
外に出られるようになっても、つまらない日常でしかない。家の中にいて、廃人になってしまったほうがマシだったかもしれない…。
今さらではあるが、あの連絡先も本当のモノだったのかと疑念が残る。
いやいや、いかん。あの笑顔に嘘偽りなどあるわけが…。
俺は、よいしょと重苦しい身体を起こし、思い出の海辺の写真でも撮影しようと携帯を取り出した瞬間…
ポンポン…
誰かから肩を叩かれた。
俺は反射的に後ろを振り向くと、厚底のサンダルから伸びる浅黒くほっそりした足が視界に入る。
俺は、視線を真上へと動かしていく。
そこには、、
あの娘がいた。あの一寸の曇りもない愛くるしい笑顔とともに。
俺は驚きのあまり、
あっあひぃ!と声を出してしまった。
「あはは…驚かしちゃってごめんね…。ここに来たら会えるかもって思って…何も連絡来なかったから…横座ってもいいかな。」
俺は自分の横スペースにある石や砂を振り払い、どうぞと手を差し伸べた。
俺はごめんと強く謝罪をしたあと、連絡が出来なかった経緯を話しながら、ぎこちない会話を彼女と楽しんだ。
元気よく身振り手振りで話を盛り上げてくれる彼女。
その彼女の左手の薬指にほんのり白く残る指輪跡には気付かぬ振りをし、俺は初回に頂戴した連絡先とは違うであろう数字を電話帳に登録した。
結局、ひと夏の思い出にするかどうかは自分次第なんだろうな。
【終】
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