<番外編>市野怜の地獄の女子会盗み聞き

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<番外編>市野怜の地獄の女子会盗み聞き

 藤崎が俺を羨ましがっている。  美人でスタイル抜群でエロい彼女ができて、イチャイチャイチャイチャしているからだ。   「家に連れ込んでセックスばっかりしてるんだろ。それセフレだから」  いやいや、別にそれだけじゃないし。妬むなよ。 「じゃあ、ご飯作ってもらったことある?」  (すい)は専業主婦じゃないし。 「おまえ、何も変わってないけど彼女はそれでいいって?」 「鈍感だし、女心まったくわかってない」 「彼女以外の女と二人で出かけるなって」 「また仕事?また放ったらかし?」  まるで小姑。 「普通、この歳になれば誰でもそれなりの恋愛経験がある訳よ。おまえみたいに最低限の女性の扱いができない男ってホント価値ないから。もっと女が自分を特別だって思えるように()でないとダメだよ、マジで」  最近、藤崎と飲みにいくと必ず演説だ。愛でるってなんだよ。 「おまえのために言ってるんだって」  はいはい。  つーか、そんなの言われなくてもちゃんとしてる。「好きだよ」も「かわいい」も「きれい」も言ってるし、翠が嫌がることは一切してない。本当はもっと俺のものだ!って感じに無理矢理攻めたい時もあるけど、AVみたいなのは男の性欲を満たすだけで、女は全然気持ちよくないことは知っている。というか、藤崎に聞いた。 「だからさ、それがセフレなの。女はね、頻繁にデートしていいレストランとか旅行に連れてって、小さいプレゼントと大きいプレゼントをマメにして、きれいなちっちゃいケーキだと思って丁寧に優しく扱わないとダメなんだよ」  翠は身長170cm。小さいケーキじゃない。 「翠はどこどこに連れてけとか言わないんだよ」 「それ、おまえに興味がない証拠だから」 「そんなことない」 「だったらサプライズで特別な場所に連れて行くとか、行きたいところやその日の気分を彼女と相談しながらセレクトするとか」  うるさいなー。人はそれぞれだろ。  でもたまには、藤崎が言ってたことを試すのも悪くない。実はずっと、二人で外出をすると翠の態度が事務的になるのが気になっていた。理由はたぶん、俺の顔が世間に知られているから。単純にさみしいし、自慢の彼女を見せびらかしたいのにさせてもらえないのも虚しい。これは早急に改善する必要がある。  だから今日、翠の会社に近いビアバーにやって来た。彼女の話によく出てくる店で、手頃でおいしいらしい。ここで待ち伏せして、デートに繰り出す予定だ。確か定時は午後六時。ここのところ早く帰れてるらしいから、きっともうすぐ出てくるだろう。  店もなかなか快適だった。手軽と聞いて想像するよりずっと重厚な雰囲気だし、店内とテラス席両方に木がふんだんに配置されているのがいい。隣の席の客から見えないし、日頃のストレスやプライベートについて洗いざらい話して鬱憤を晴らす女子会向きなのかなと思った。  俺はとりあえずテラス席に座って、ピルスナーをオーダーして休憩。翠にLINEを送って待つことにしよう。 「翠は市野さんのこと好きなんでしょ?」 「うん」 「どこが好き?」 (えっ、市野さん?)  店の中から聞こえた声に反応した。  声の方向をそっと覗くと、毛先をカールした長い髪の女性が見えた。今、確かに「翠」と「市野さん」って言ったよな? 「顔、長身、才能、頭いい、ナヨナヨしてない」  翠の声だ。今日は仕事が早く終わったのかな。フレックスにして飲みに来たとか?それに今言ってたこと!俺はかなり好かれてる!やばい!ひとりなのに顔がニヤケてる! 「翠の歴代の彼氏って、皆もう少し甘い顔してない?」  別にもうひとり見えた。落ち着いた話し方のこの女性は短い髪をしている。  というか、翠の歴代彼氏。モテるだろうとは思ってたけど、全部で何人いるんだろ。昔のことも知ってるってことは、翠の学生時代の友達か?確か幼稚園から大学まで同じ学校だったって言ってたし。 「体の相性は最高でしょ♡」 「うん」  よかった。マジで。脱力だ。  本当はセックスなんて何年もしてなかったから、ヘタクソと思われてないか冷や冷やしてた。 「ねぇ、それホント?薫が“翠は俺が鍛えたからヘタな男相手でもイケる”って言ってたけど」  カオル、誰?  元彼か?すごいこと言うな。そんな自信があるなんて、結構年上とか?俺も年上だけど、そこまでの自信なんて全然ない。 「それも嘘じゃないけど。でも、市野さんとは……いいから」  ふーーー。  良かった……。涙出そう。翠好き。だよなだよな。俺たち、身長差とか抱きしめた時の感じとかあそこ……のサイズ感とか体がぴったり合うと思ってた。同じ気持ちでうれしい。 「所詮おっぱい星人!」 「男なんて皆、巨乳好きでしょ」  へっ?おっぱい?何?もちろん大好きですけど、何か……? 「市野さんの周りって、本当に美人ばっかなの。最近、市野さんの女の趣味もわかってきたけど、残念ながら私はそのどれも持ってない」  ん?どゆこと?巨乳の次に何で俺の女の趣味になるの?  女の会話って大変なんだよな。全員が一度にしゃべってペースが速くて休みがない。しかも話題があちこちに飛ぶ。ウチは会社も男所帯だし、慣れてないのもあっておじさん全然ついていけない……。 「この子の学生時代のモテ方を教えてあげたいわ。気絶するっての」  短い髪の子の声。この子の話し方にはちょっとトゲがあって冷めた感じ。男で嫌な思いをしたのかなと思う。 「ショートにした時の破壊力はやばかったよね〜!」  翠の話?翠のショート?ショートにしたことあるんだ。俺も似合うよって言ったんだけど、すごく嫌そうな顔したんだよな。なんでだろ。西さんのショートの写真を褒めたからかな?  ああ、そうか。  あれは、もしかしてヤキモチか。いつもは俺の話に付き合ってくれるのに、西さんのことを話すと急に興味ない感じになってたもんな。なんだ。マジかよ。うれしいんだけど。今、俺の中で小さい俺たちがワイワイガヤガヤ胴上げし合ってるのを感じるくらいうれしいんだけど。 「あれはすごかった。安野ちゃんの結婚会見レベルの吸引力で告白されまくってたね」  安野ちゃんの結婚会見って、チェックのスカートが飛ぶように売れやつだよな……?全盛期の芸能人レベルでモテたの?その中の何人と付き合った?翠がかわいいのはわかるけど、背が高いし男に媚び売るブリっ子タイプじゃないから万人受けはしないかと思ってたのに。  翠の昔は知りたいけど、知りたくないんだよな。だって怖い。  会える時間が限られてるのと翠が比較的クールな性格なのもあって、じっくりお互いのことを話せてないのも事実。もうちょっと時間作らないとな。休みの日に一緒にいても、なんだかんだ俺が途中で仕事をしちゃって、二人で密にまったりする時間がない。携帯が繋がらない超秘境にでもしけ込もうか?  つーか、鷲山!  GO出してる案件なんだから、いちいち俺に確認しないでどんどん進めろ。プロジェクトリーダーなんだからもっと皆を引っ張れ。うちの会社の若いメンバーはゆとり世代だからと過保護に育て過ぎたのか、自分から進んでものを動かす力がいまいち足りない。皆、センスも能力もバッチリなんだから攻めてほしい。そうでないと、いつまで経っても俺がイチャイチャする時間がないだろう! 「はい、絵理香。一万円ちょうだいね」  ん?一万円?お会計か? 「証拠がなくちゃダメ」 「市野さんは一度も私の家に来たことがない。いつも私が市野さんの家に行ってセックスするだけ。それが私たちの関係です」  えっ……。  あの……。  それは初耳なんですが……。  確かに、翠の家にはまだ行ったことがない。でもそれって、俺の家の方がお互いの会社から近いからなんとなくそうなってるだけで。それに女性の家はいろいろあるだろうし、こっちから行きたい行きたいせがむものじゃないと思ってた。何より、  翠が一度も呼んでくれてない……。  なのに、家に来ないからセックスするだけの関係ってどういうことだろ。ちょっと頭の整理が追いつかない。俺、何か悪いことしたか?鈍感なのは自覚してるし、藤崎にも言われてるし、でも翠に怒られたこともないし。 「まぁ翠は、結婚するなら壮介くんだったね」  誰だよ、ソースケ。 「翠にフラれたままフリーでいるんだよね?」  まじか? 「別にフった訳じゃない」  まじか?ちょっと待て、まさかそいつが本命だったりするの? 「どうせ、今でも連絡取り合ってるんでしょ?」  答えがないってことはYES?やばい、心臓がバクバクいってきた。俺のこと好きって言うのは、セックスの相手として好きってこと?俺はそいつとどうこうなるまでの暇つぶしってこと?  一応言っておくけど、俺だってモテない訳じゃないぞ。人に執着することがなくて、性欲だけには素直に行動してきたけど誰かと愛を育んでなんてことに興味がなかっただけだ。社会人になって会社を作ってからは毎日手応えがあって楽しくて、性欲すらどこかに行ってしまって、気づけばひとりセックスレス。女から好意を寄せられても上手くあしらって来たつもりだったけど、自分があしらわれたことには気づけないくらいアホになっていたのかもしれない。  いや、ちょっと待て。  あれだけ大好き宣言してる俺を、セックス目的だって言う翠も変だろ。  真っ正面から本命アピールしたところで、このまま相手にされないか、瞬殺されるのが関の山。翠は男よりも割り切っててドライなところがあるし、世間知らずでもない。  時間をかけて観察して、外堀から攻めていくべきか。  さっき翠に「今日来られる?」ってLINEしちゃったけど、あの様子だと今日は来てくれても遅くなる。その間に藤崎を呼ぼうか。演説でも説教でも小姑でも何でもいい。俺は急いで、もうちょっと気の利く男になる必要がある。
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