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第二話 誤算いろいろ
質問です。
想定外の事態に直面した時、あなたは楽しめるタイプですか?
市野さんの生活は華々しい。
何よりもまず、市野さん本人が華々しい。作業中のTシャツにボサボサ頭でもかっこいいし、今日みたいにドレッシーなスーツ姿も素敵。そして、彼の周囲も華々しい。取材陣の多さは話題性の高さを、挨拶にくる有名人は彼の交友関係の広さを物語っている。
(能力もルックスも兼ね添えてるなんてすごいなぁ)
そんなだから、彼はいろいろな場所に引っ張りダコで、かなりの数の会食やパーティーに出席しているっぽい。今日は市野さんの会社の企画のお披露目パーティーだから当然だとしても、夜な夜なそんなで疲れないのがまたすごい。最近は顔を出すだけにしてると言うけど、どうなんだろう。
(私は束縛されなくて助かってるけど)
私が市野さんのパーティーに来るのは初めてだ。どうしてもとお願いされて仕方なく。会社帰りに寄ってサクっと見て帰ろうと思っていたら、顔見知りのメディアやPR、エージェンシーの人も結構来ていて、挨拶や雑談をしながら展示を楽しめた。
『案内できなくてゴメン!』
市野さんからLINE。「俺が案内するから!」と意気込んでいたのに、約束を守れないことを気にしているんだと思う。私は平気。そもそも主役が特定の人をアテンドできる訳がない。
『気にしないで』
返信しながら、そろそろお暇しようかなと考えていたら……。
「小早川さんですよね?」
声をかけられた。
声の主は、同い歳くらいのきちんとスーツを着た男性だった。誰だっけ?仕事でチラッと会った?
「ああ、突然すみません。僕は市野の友人で藤崎と言います」
よかった。初めて会う人だ。
「初めまして、小早川です」
市野さんの友人らしいので笑顔を作る。藤崎と名乗る男性は、ニセ笑顔の私にも感じの良い笑顔を返した。
「市野からいつも話を聞いています。あいつ、さっきからずっと小早川さんの方をチラチラ見てから、たぶんご本人だろうと思って声をかけてしまいました」
私も市野さんの視線は感じていた。だけど、気づいていない振りをした。市野さんの周りにいた取材クルーの中に彼の目線の先を気にしている人がいたからだ。
「市野と話せました?小早川さんを自分で案内するって鼻息荒くしてましたけど……」
「挨拶しようと思ったんですけど、忙しそうなのでやめました」
「呼びに行きましょうよ」
「いえ、いいです。邪魔したくないので」
藤崎さんの背中に触れて、市野さんの方に歩き出した彼を止める。
「今、ケンカ中だったりして」
藤崎さんがいたずらっぽく笑う。
「いいえ、ケンカはしていません」
「じゃあ、あいつが先走っててウザいとか?」
「はは。それも違います」
たぶん、この人は市野さんよりずっと女慣れしている。女性を意識した装い、髪型、香水のセレクト。何かを探ろうと私の目をジッと見る感じも手馴れている。
「それは良かった。あいつ、加減ができないでしょ。ウザがられてたらどうしようって心配してたから」
「心配、ですか」
「小早川さんはアッサリしてるのに、自分は好き好き言い過ぎかなって」
アッサリしてる……。私は抱き合ってる時以外はベタベタしないから、そう思うんだろうな。
「最近、夜に飲みに誘っても全然来ませんからね。オフィスに行っても夕方にはいないし、小早川さんとデートかなと思って見逃してますけど」
デートね〜。市野さんがいつも仕事をしてるのもあって、そういえばデートなんてほとんどしていない。
「あっ、気も利かない奴なので、行きたい所とか欲しい物とか言ってあげてくださいね」
ん?私、もしかして市野さんにたかってると思われてる……。あー、さっさと帰ればよかった。なんか、この人嫌だ。
「私、市野さんのこと好きですよ」
「ん?」
「でも、人に物を買ってもらうのは苦手なのでそういうのは無理です」
「あっ!すみません。そういう意味じゃないです。市野がおねだりされたいみたいだったので、つい言ってしまいました」
「別に大丈夫です」
仏頂面になりそうなのを、無理して口角をあげた。
「でも、市野の好きとは違う感じかな」
何、この人。鋭いの?
「そんなことありません。市野さんと一緒にいるのは楽しいです」
本心が隠れるように、同じように笑って返す。嘘は言ってない。でも、この話題は早く終わらせたい。なんか、嫌な感じの人だな。
「翠?」
突然、人混みの中から声がした。声の方に顔を向けると、友人の智史がいた。
(ナイスタイミング)
ちょうど藤崎さんも知り合いに声をかけられて、「また後」でと別れることができた。はー、良かった。
「翠に会うとは思わなかった」
「私も!智史は仕事?」
「うん。うちのは小さい規模のプロジェクトだったけどさ、お世話になったことがあるんだ」
智史とはもう十年の付き合いになる。二人とも音楽好きで、ライブやフェスで顔を合わせるうちに仲良くなった。知り合った頃、彼は新興のIT企業勤めだったのに、会社はどんどん事業を拡大して大きくなり、彼の職域もコロコロと変わり、今は退職して起業準備をしているらしい。
「翠もつきあいで?」
「うん。一応顔だけ出しに来た」
「見終わったなら、なんか食べて帰らない?腹減ったわ」
「うん、いいよ」
市野さんに声をかけようと振り返ると、さっきまでいた場所に彼はもういなかった。
(LINEしておけばいいか)
智史に続いて会場を後にした。
■■■■■
そういえば、あのパーティーの時は藤崎さんを苦手だと思った。実際は気遣ってくれる人だったけど。あと、西さんを見かけたことを思い出した。智史に声をかけられてサッサと退散した時、入口ですれ違った女性が西さんだった。
(私の方が服のセンスはいい)
彼女が着ていた服を思い出した。そして、改めて自分にがっかりする。私が彼女に勝ってることが、胸と洋服のセンスくらいしかないからだ。ほっそりした体型や身長差が市野さんともピッタリだったんだよね。
って、そうじゃなかった。
あの日、改めて感じた。彼と私では住む世界が違う。いや、そんなの最初に会った時からわかってた。
市野さんは派手な装いや遊びをする人ではないけど、やっぱり家はすごいし、周りにいる人は殿上人。なのに、私を大切にしてくれるから、自分を特別な存在に感じて彼に恋してしまいそうになったりする。
ダメダメ。
好きなんてすぐに変わる気持ちだし、彼の世界での私なんて、明日飽きられてもおかしくない。私は身の丈に合った暮らしができればいい。がんばってきた仕事と友達と趣味と、今後を考えて会社員以外の仕事をして……。そのくらいの毎日を大切にできれば十分だ。決して望み過ぎたり、自分も向こう側の人間だと勘違いしてはいけない。
今すべき仕事に集中しよう。
うれしいことに、私は今、社の売上を引っ張る主力製品のリニューアルを任されている。市野さんとは比較にならないけれど、十年以上勤める間にデザインコンセプト関連の賞もいただけたし、社内ではトップのデザイナーとして重要な案件を任されている他、今は大御所の先輩について組織やマネジメントの訓練もさせてもらっている。好きなことで評価をしてもらえていて幸せなのだ。
ピロン♪
『今日は来られる?』
市野さんからLINEだ。彼は最近、オフィスで夜遅くまで仕事をする代わりに、家に仕事を持って帰ってくるようになった。でも、今日は市野さんの家には行かない。隠すことはないから正直に返信する。
『今日は行けない。合コンなの。ごめんなさい』
「わかった。またね」と返ってくると思っていたら、代わりに電話がかかってきた。自席で仕事をしていたので、携帯を持って廊下に出る。まったく、市野さんはどこから電話してるんだろう。
「合コンはダメ」
電話に出た直後、私がもしもしを言う前に市野さんの声がした。
「へっ?」
「合コンには行っちゃダメだから」
「今日のはほとんど会食だよ」
「でも合コンならダメ」
「あのね。合いそうな人同士を引き合わせるの。私は仲介人。ていうかさ、市野さんだって合コンくらい行くでしょ?」
「行かないよ」
だよね。行かないだろうなと思ってた。
「じゃあさ、“紹介したい子がいるから食事しよ”はあるでしょ。つきあいで断れないやつ。今日のはそれだから!」
この会話、20代みたいで嫌だ。それに、こんな話をフリースペースでコソコソしているのも恥ずかしい。私は市野さんみたいに社長室がある訳じゃないんだから。
「でもさ、翠はフレンドリーだから、すぐ男に触らせたりするじゃん」
「させないよ」
「こないだの智史って人がしてた」
「あの人はそういう人なの」
「でもさ……」
「わかった」
市野さんの言葉を遮って、この会話をストップさせた。だって、電話の向こうで市野さんは、ずっと誰かに呼ばれていたから。
「十時にはそっちに行く。今から断れないから、合コンにはご飯食べに行ってきます」
話は終わった。ご飯を食べるだけとは言ったけど、相手に失礼がない程度には合コン用の装いできてる。このまま会ったら鋭い男は気づくだろうけど、市野さんはたぶん大丈夫。
(明日の服あったっけ……)
本当は飲んだ後なんて、シャワーをして速攻眠りたいんだけど。
はぁ。
これは誤算だった。
市野さんが、こんなにも恋愛に集中する人だなんて。
私が想像していた市野さんは、ドライに大人の関係を楽しむ人。だって、前に雑誌で「現代は生活インフラが発達してるから結婚に意味はない」と言っているのを読んだことがある。その時は「女は家電か?」と笑ったけれど、すぐに自分も似たようなものだと改めた。
あの頃とは違うのかな。歳を取って寂しくなって、考え方が変わった?
とはいえ、今日の合コンにやましいことがないのは本当だ。目的は男友達の友人と私たちの後輩を引き合わせることで、同期の有希と彼女の男友達が幹事。こちらは円滑剤役の私と後輩、あちらも同じような構成で男女三人ずつ合計六人が集まるだけだから。そんなに気にすることないのにな……。
(LINEの交換はカウントに入らないでしょ)
夜。合コン終了後、約束どおり十時少し過ぎに家に着いた。“合鍵を使う”命令が出てるから、自分で鍵を開けて中に入る。
「お邪魔します」
シーーーン。
声をかけても返事がなかった。部屋に明かりがついていないし、お風呂からも音がしない。急用でまだ帰ってない?手を洗おうと廊下を歩いている時に、寝室のドアが閉まっているのに気づいた。
(もしかして?)
そっとドアを開くと、ベッドで市野さんが寝ているのが見えた。枕元とお腹の上に携帯とPCが散らかっている。市野さんがこんなに早く寝ているのは珍しい。疲れてるなら無理しなくていいのに……。
音を立てないように中に入って、着替えだけを取ってドアを閉めた。
■■■■■
「翠?」
シャワーを浴びて寝る準備をした後、寝室で寝相の悪い市野さんの掛け布団を直して、PCを片付けてとしている時に腕をつかまれた。
「ごめん。起こした」
「今、何時?」
う〜んと小さく唸りながら、手探りで私をベッドに引きずリこむ。
「十二時前」
「……。あれ……?」
「PCならテーブルに置いた。携帯はそこね」
「ありがと」
「こんなに早く寝て、具合でも悪い?」
市野さんの額に手を伸ばす。起きたばかりだからか平熱より低めだ。
「ううん。眠かっただけ」
今にも寝落ちそうな顔で、私の手を取って自分の唇に当てている。こういう仕草、かわいくてほっこりする。
「寝ていいよ」
市野さんを抱きしめて髪を撫でる。それでコロンと寝てしまうかと思ったのに、私の体に巻きついた市野さんの腕と脚に「プロレス技ですか?」ってくらいに力がこもった。
(痛い……)
だけど、市野さんのTシャツから漂う香りが心地良くて、私は顔を胸に埋める。私がプレゼントした香水を、寝る時もつけてくれているのはうれしい。
ドクドクドク。市野さんの心臓の音は、寝落ちるにはかなり早い。リズム良く打ち続ける音を聞いていると、寝付きがいい私の方がウトウトとし始めてしまった。
クイッ。急に顎を持ち上げられて、深いキスを浴びせられる。本当にいつも突然で、いつか心臓麻痺を起こすんじゃないかと不安で仕方ない。
「んんんっ」
舌を奥までねじ込まれて上顎をなぞられる。髪だってきれいに乾かしたのに、指でとかれてグチャグチャにされてしまった。
(眠いんじゃないの?)
執拗に舌を吸い続けて、私を喘がせる。苦しいって!ギブアップを伝えたくて軽く胸を叩いたら、市野さんは私に覆いかぶさってきて、今度はチュンと軽いキスをした。こういうのも好き。気持ち良くて、あと少し照れる。
「翠」
「ん?」
「眠い?」
「平気」
「抱いていい?」
「うん」
市野さんを抱き寄せたら、速攻でTシャツの中に手を突っ込まれた。今日は寝るだけと思ったから下着をつけていたんだけど、市野さんはあっという間に全部剥ぎ取ってしまった。それ、繊細なレースがお気に入りなんだけどね……。
「痛っ。いっ、市野さん……!?」
今日の彼は少し乱暴だ。私の胸を掴む手、首筋を伝う唇がいつもよりずっと荒々しい。そうだ、市野さんは合コンのことを怒ってたんだ。
「今日、ごめんね」
「何が?」
「あっ、やだ……、ダメっっ」
背中に覆いかぶさる市野さんの息が熱い。でも、きっと、たぶん、彼の指先には恥ずかしいくらいに熱いものが滴っていると思う。
普段と違うって大事だ。市野さんは人の気持ちを察することをしないのに、セックスになるとなぜか気遣いの男に変身する。私が嫌がったり、痛がることは絶対にしない。そんな彼が今日はとてもいじわるだから、私は妙に興奮してしまっている。
「ねっ、ちょっ…。もう、イキそ……。ねぇ、市野さんっ……」
背中の市野さんにお願いする。
「何?」
「指じゃ、嫌……。うううんんんっ……」
「何がいいの?」
私の腰に硬くなったモノを押し付けているくせに、言うまで挿れてくれないつもり?
「はっ、ああ。挿れて……」
足が痺れて泣きたくなって市野さん自身に手を伸ばした時、ズプププププっと体の真ん中の最奥までに衝撃が走った。もうダメ、気持ち良過ぎる……。私は半分意識が飛んでいて、与えられた快感に浸ってボオッとしていた。
「ああっ」
市野さんからもため息混じりのうめき声が聞こえた。振り返ると、目を閉じて荒い息を押さえ込み、慎重に呼吸をしている。こういう苦しそうな顔もキュンとする。ずっと見ていたいと思う。でも、市野さんはそうはさせてくれなくて、私に腰をぶつけ始めた。
(えっ……?待って?ねぇ、これって)
「市野さん?」
「これ、やばいっ……」
「えっ、ねっ、ねぇ……。つけて…ないでしょ……?」
やだ。どうしよう。でも、市野さんの動きが激しくなって、ズップリと突かれるたびに声が出なくなる。もう、やだ、ダメだって!
「うっ……」
市野さんが私にしがみついて小さな声をあげると同時に、私の中に熱いものが注がれるのを感じた。ちょっと、もう市野さん!文句を言おうとしたところで、市野さんに仰向けにされて両脚を開かれる。すごく強引。そして、再び挿入。
「ひゃっ、ダメ。市野さん!」
全力で市野さんの腰を押すと、それ以上の力で押し戻される。で、結局より深く繋がることに。
「ダメなの。私、ピル飲んでない」
「いいよ」
全 然 よ く な い !
最近ずっと彼氏がいなかったから、危険日を気にする習慣がなくなっていたことを後悔する。
(今は平気だっけ?ええっと。たぶん大丈夫。歳だし簡単には妊娠しないはず)
市野さんに揺さぶられながら、そんなことがずっと頭の中を巡る。
「翠、翠?こっち見て。大丈夫だから」
大 丈 夫 じ ゃ な い っ て !
額をつけて瞳を覗き込んだまま、唇を塞がれる。私は混乱と快楽が一緒に打ち寄せて、涙目になっていた。でも気持ち良さにも抗えなくて……。
結局、朝まで何度も市野さんのすべてを受け入れてしまった。
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