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第三話 中出しからの女子会
「市野さんに……、中出し……されてしまいました」
「おっと」
「順調で何より♡」
「何が?」
「市野さんとのお付き合い♡」
「ちょっと絵理香。直樹さんがいなくて欲求不満だからって、人のことでウキウキしないでよ」
会社から程近いビヤバーのオープンテラス。有希とふたりフレックスにして、ハッピーアワーから飲み始めた。今日は友人の絵理香も一緒。彼女は主婦だけど、今夜は実母に子供を見てもらえるらしく、合流することができた。まだ早い時間だからか周りに人がいない。それでつい、おおっぴらに言ってしまった。
「大丈夫なの?ビール飲んでるけど」
絵理香とは反対に、有希は冷静だ。
「排卵期じゃないから平気だと思う」
とは言え、いつもより気が進まないのは事実。
「翠がハッキリ言わないの、珍しいね」
「言ったけど、そんなにすぐできないかなと思って」
「三十四なら余裕で妊娠するでしょ」
「気持ちよかったんだ?いいな〜♡」
早くに結婚した絵理香は今、旦那の直樹さんが単身赴任中で、良くて半月に一度会える程度。ふたりの子供は小学校に上がり、実の親に助けてもらえるしで生活には問題ないらしいのだけど、“性”生活は冗談じゃないと思っているらしい。
「何かエッチなことしたんでしょ?我慢できなくさせちゃうような」
「ううん。ちょっと怒らせた」
「珍しい」
「市野さん、何で怒っちゃったの?」
「こないだの有希の合コンに行ったことでしょ。あと、智史が私に触ってたとか」
「やだ、ピュア♡」
「そうだ、智史にお弁当作ってあげたこともブツブツ言ってた」
「智史くんの起業のお手伝いの時?」
「うん。智史さ、食にまったく興味がないから、放っておくとサラダチキンだけで過ごすんだよね。血がドロドロそうで嫌だなと思って、こないだお弁当作って行って一緒に食べただけなんだけど」
「それはちょっと気持ちわかるな〜。市野さんにもお弁当作ってあげたらいいんじゃないの?翠、料理も上手だし」
「あの人、お弁当なんて食べる時間ないでしょ。“男は胃袋からつかめ”とかも柄じゃないし」
「それは私も嫌だわ。その後、ずっと作らされそう」
有希は五年前に結婚した。共働きでもワンオペ家事を続け、SEで多忙な生活の旦那さんとのすれ違いを経て、三年前に離婚した。私が誘ってうちの会社に転職をした時に、夫の年収を抜いたことがきっかけだった。もう結婚はこりごりらしい。
「私も市野さんにご飯作ってもらったことないもん。家に美人呼んでウキウキご飯作るくせにさ」
「なんだ、翠も怒ってるんだ。ふたりしてヤキモチやいてケンカ中?」
「ケンカなんてしてない」
「ヤキモチやいて避妊しないなんて、市野さんかわいいな♡」
「なんで?私、かなり焦ったよ。市野さん、自分の遺伝子管理を厳しくしてそうだから、避妊しないなんて絶対ないと思ってし」
「“簡単に俺の子供は妊娠させないぞ”って感じでしょ。わかる。イケメンで優秀だし、彼の子供がほしい女は多いだろうね」
「だから!そんな人でも翠とは子供ができてもいいよって思ってるってことでしょう!素敵♡」
絵理香は色恋沙汰にウキウキしない有希と私を、ことあるごとにロマンチックな世界に引き戻そうとする。私から見たら少女マンガを読み過ぎてるだけなんだけど。
「まじめな話、妊娠したらどうするの?」
「う〜ん。市野さんってひと月丸々東京にいる時は少ないんだよね。だから、今のところ危険日は避けられてる」
「でもさ、絶倫なんでしょ?」
「いいな〜♡ 直樹はあっさりしてるから、もっとがんばってほしいんだよね」
絵理香は今でこそ二子玉マダムみたいな清楚系に落ち着いたけど、独身時代はモテ狙いのゆるふわ系。ただし、中身は超肉食で、つきあった男性には釣った魚に餌をやらないどころか、餌袋ごと投げ込むくらいの大盤振る舞いをしていた人だ。今でも、ベッドでの主導権は絵理香にあるに決まってる。
「私も歳だし、したらしたらで産休取って自分で育てようかなって思った」
「まぁ、翠は金銭面では大丈夫だよね。うちの会社、産休育休を取る人多いしどうなんだろ?在宅勤務もできそうだし、社内に託児所を作る話もあったよね」
「あはは、甘いよ〜、それは」
「専業主婦でも大変?」
「直樹さんいないしね。子供が小さい頃はもっと大変だった。うちは親の家が近いから何とかなったけど、専業主婦でもワンオペは大変……」
「いつ帰ってくるの?直樹さん」
「来年かな。でも、また別の所に転勤かもだし、次は一緒に行った方がいいような気がしてる」
絵理香が遠くに住むことになったらさみしいかも。何気に彼女の子供の伯母の気分も味わわせてもらってるし。
「でもさ、さすがに子供は翠ひとりの問題じゃないから、デキる前に考えた方がいいよ」
「有希はそれでスッキリ離婚できたから?」
「うちはセックスする時間がなかったからデキる訳なかったけど、子供がいたら修羅場だったと思う。元夫、長男だったし」
「市野さんなんてひとりっ子」
「マジ!」
「そうなの?ご両親は孫いなくていいのかな?」
「そう思うよね。けど、聞いたことない」
「親と仲悪いの?」
「いいと思う。よく電話してるし」
「紹介されるのもたぶんすぐだね♡」
絵理香は目もハートになっている。
「いや、いい」
「そういうこと言わない」
「そんなだったら、私より十歳若い子とつきあわないと」
「ホントそう」
「期待されても困る。でも、まぁ、市野さんは仕事大好きだし、美女にモテまくりだし、結婚なんて考えたことないと思うよ」
「結婚する気がないのは翠でしょ」
「うん。する訳ない」
「でも、いい人がいるなら結婚すればいいと思うよ♡」
「それは正論」
「ちょっと待って。彼にそんな気ないから」
「そうかな〜。翠がダメって言った時、市野さん何て言ったの?」
「“いいよ”と“大丈夫”」
「ほら」
「何がほら」
「子供ができても“いいよ”と“大丈夫”。ちゃんと面倒見ますってことでしょ」
「確かに。四十にもなって後先考えずに快楽に走る人ではないよね」
有希まで肯定するとは……。
「面倒は見てもらわなくても、いいかな」
「そういうこと言わないの。相手の子供でもあるんだから。とりあえずセフレだなんだ言ってないで、さっさとちゃんと彼女になりなって」
「そうなったら、ポイッと捨てられるのがオチだよ」
男は皆そんなもの。
「もーーーーーーー!昔は楽しそうに恋愛してたじゃない。どうしてそんな風になっちゃったの?」
「もう昔じゃないから。ははは」
「でも、翠は市野さんのこと好きなんでしょ?」
「うん」
「どこが好き?」
恋話好きの肉食女子に、この歳でつきあうのは大変。思い切りため息をついてしまった。
「顔、長身、才能、頭いい、ナヨナヨしてない」
「顔好きなんだ、意外」
と真顔の有希。
「そう?」
「翠の歴代彼氏って、皆もう少し甘い顔してない?市野さんは野武士みたい」
「そうかな?」
うん、まぁ、ちょっとワイルドだよね。でも、ぶっちゃけると私には好きな顔のタイプなんてない。顔なんて、だたの骨・皮・筋肉。
「あと、体の相性は最高でしょ♡」
「うん」
「ねぇ、それホント?薫が“翠は俺が鍛えたからヘタな男相手でもイケる”って言ってたけど」
「いつ、そんなこと話したの……?」
「いや〜ん♡」
私たち三人は、幼稚園から大学までずっと同じ学校に通っていた。薫も同様。彼とは中三から高一の時につきあっていて、別れてからもお互いに相手がいない時は体の関係だけはもっていた。しかし、まぁ、なんでそんなことを有希に話すかな。
「それも嘘じゃないけど。でも、市野さんとは……いいから」
「どうせ、市野さんも翠の巨乳が好きなんだろうな」
「それはあるかも……」
「やだ〜。表向きはクールなクリエイターなのに、所詮おっぱい星人!」
「男なんて皆、巨乳好きでしょ」
「でもさ、私、巨乳って呼ばれるほど胸ないから」
「翠のは天然物だもん。貴重だよ。肌スベスベできれいだし」
「まぁ、ひとつでも気に入ってもらえるところがあるならマシかなと思う。市野さんの周りって、ホントに美人ばっかなの。最近、市野さんの女の趣味もわかってきたけど、残念ながら私はそのどれも持ってない」
それを把握できたおかげで、市野さんが私に好き好き言う理由もわかった。自分で言いながら笑ってしまう。
「市野さんって、翠に他の女性のことを話したり、女性と出かけたりするの?」
「その辺、自由人だから」
「翠と一緒にいて、他の女に目が移るなんて何様って感じ。この子の学生時代のモテ方を教えてあげたいわ。気絶するっての」
「本当!ショートにした時の破壊力はやばかったよね〜!」
「あれはすごかった。安野ちゃんの結婚会見レベルの吸引力で告白されまくってたね」
「今だって全然劣化してないしさ〜」
いやいや、免許証の写真を並べれば劣化は一目瞭然。免許写真も盛れるようになればいいのに。
「市野さんは別世界の人だから、私たちとは常識が違うんだよ」
「でも翠のこと好きって言うんでしょ?」
「うん。一応」
「じゃあ、好きなんだよ」
「男の好きなんて、すぐ変わるよ。皆、浮気するしさ」
「皆って、直樹はしないよ」
「どうなの〜?単身赴任は絶好のチャンスなんじゃない?」
「うんうん、絵理香も気をつけて。子供いて浮気されたら、私ショックだな。たぶん」
「そういえば、薫も離婚間近らしい」
「そうなの?ほら。皆、離婚するのにわざわざ結婚する必要ないじゃん」
「私は無理に結婚する必要はないと思うよ」
「さすが有希。市野さんほとんど家にいないし、日本も海外も出張多いし、結婚したら寂しいよ」
「て言うか、そんなで子供がいたら、猛烈なワンオペになるのが目に見えてるね。介護とかも必要になったらヤバくない?」
「もう有希は〜。そんなの市野さんならお金で解決できるでしょ?それよりも翠はまだバツが付いてないんだから、一回くらい結婚するべきなの」
「そこは本人次第でしょ。翠、大きいプロジェクトを結構抱えてるし」
実はあの時、仕事のこともかなり考えた。「あのプロジェクトはいつ終わるか」「来年はあれもするんだった」みたいな、失うのがもったいない物たちのこと。
「でも、翠は結婚したら玉の輿だよ♪」
言うと思った。独身時代の絵理香は玉の輿を狙っていたと思う。
「玉の輿ねぇ。私には無理」
「なんで?いいじゃん♡」
「住む世界が違う人と結婚して話すことあるのかなとか、相手の親はどう思ってるんだろうって考えちゃう。玉の輿に乗った普通の女性はすごいよ。どういう心持ちでいるんだろ」
「世界の違いを埋められる美貌と若さがあれば!」
「私、どっちもないわ。ははは」
「翠は十分美人です!」
「ありがと。でもね、市野さんはどんな人とでもつきあえるハイスペック男子だよ。秋山渓子だっていけるし、渡部アリッサでも余裕」
秋山渓子は男女から好感度最大の若手女優で、渡部アリッサはやがてIT界を制すると言われている猛烈なベンチャー企業の女社長。しかも超美人。
「私は地道に自分でお金を稼いで生きていくよ」
「翠は人のお金使うの苦手だよね。プレゼントされるのも好きじゃないもんね」
「無理」
「私は気にしないけどな。女にしかできないことあるし、私はそれをきっちりする」
「絵理香のところは、それでうまくいってるからいいんだよ」
「その前に、市野さんの頭には結婚なんてないから。千円賭けてもいい」
「ケチ。一万にして」
「いいよ、一万で。だから、はい、絵理香。一万円ちょうだいね」
絵理香に手を差し出す。
「証拠がなくちゃダメ」
「市野さんは一度も私の家に来たことがない。いつも私が市野さんの家に行ってセックスするだけ。それが私たちの関係です」
「うそっ」
「そうなの?」
「ホント。ねっ、私なんてただの都合のいい女だよ」
「その割には最近しょっちゅう市野さんの家にいない?」
「だって、呼ばれるんだもん。あっ、ほら。市野さんからLINE来てた」
携帯の画面に出た『今日来られる?』の文字を見せる。
「それ、市野さんの言葉だと『会いたい』なんじゃないかな。照れたりはしなそうだけど、甘いことを言うタイプでもなさそうだし」
「言いたいことは、ストレートに言う人だと思う」
「感情直結型だもんね」
「伝わってるから別にいいけど」
「デートは?」
「しないな。いつもすごく忙しそうだし。私もそういうのはたくさんしたから、もういいんだよね」
「一緒にどこか行きたいって言われないの?」
「まったく。仕事でいつもどこかしら行ってるから、家にいたいんじゃないかな」
実際、市野さんは家いるの?と思うくらい家を空けている。
「なんだ。思ってたより、ずっとドライな関係なんだね。大人だな〜」
「でもさ、することだけして帰るまではドライじゃないのが偉いと思うよ」
「そこまで徹底する必要はないかなと」
(市野さんがいつも朝まで元気だから家に帰ってる時間がないことは言わないでおこう)
「まぁ翠は、結婚するなら壮介くんだったね」
また、昔話を。
「うん、お似合いだった♡」
「今からだって遅くないんじゃない?彼、翠にフラれたままフリーでいるんだよね」
「別にフッた訳じゃない」
壮介とは六年くらいつきあって、二年前にプロポーズを断った。彼は海外勤務になって、私は昇進して担当したかったプロジェクトをリードできることになったから。
「どうせ、今でも連絡取り合ってるんでしょ?」
有希、鋭い……。誰にも言ってないのにどうしてわかったんだろ。
そう言えば、壮介とは避妊しないことがなかった。市野さんよりずっと結婚する可能性は高かったのに何でだっけ?ああ、そうだ。壮介が私の体と仕事をすごく気遣って、勝手なことをしなかったんだ。彼はとても優しい。
でも、壮介のことは省きたいからはぐらかした。
「今から結婚はないな。誰か言ってたじゃない。結婚は分別つかない若いうちにしなさいって。本当そう。自分と相手のメリットとデメリットを考えたら、デメリットの方が多いと思う。今から離婚する体力ないし、ダメージも大きいから」
「そんなことないよ。一回してみてから言ってほしい」
「確かに離婚は大変だったよ」
「私は親のを見てるから」
「もう、ふたりとも。じゃあ、私が翠に結婚の良さを見せつけてあげるからね。それで、翠の気が変わったらどうする?」
だからさ、絵理香。しないって。
「褒めてあげる♪」
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