第八話 キツツキのキス

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第八話 キツツキのキス

 寝る準備を終えてベッドルームに行くと、先にシャワーをした市野さんが寝転んでいた。私のベッドに市野さんがいるのが不思議。それと、ベッドもまた窮屈そう。  電気を落として、市野さんの隣に潜り込む。すぐに寝落ちてしまいそうな顔をしていたのに、腕の中に迎えてキスしてくれた。このサイズ感、やっぱり好きだな。 「いい匂いがする」  私の髪に顔を埋めて、深く息を吸う市野さん。 「本当にしないの?」  期待を込めて聞いてみる。 「うん」 「早速釣った魚に餌をやらないつもり?」 「今日はセックスしに来たんじゃないから」 「しなくて平気なんだ?」 「うん」  断言された。私はずっとウズウズしてたのに、市野さんは違うなんてがっかり。 「会ってない間、誰かとしてたんだ」 「してないよ。(すい)こそ、男と一緒にいたくせに」  その気にさせたいのに、逆に痛いところを突かれてしまった。バツが悪くなって、少し体を遠ざける。 「彼はあっちの部屋で寝てたから」 「そのことはもういいよ。今こうしてるんだから」 「ごめんなさい」  もう一度、市野さんの体に手を回して力を込めた。今日抱いてもらえないことはわかったから、せめて市野さんの胸の中で眠りたい。 「ダー!もう煽らないで!」  目を閉じたところで、体を引き離された。さらに悲しい。 「これもダメなの?」 「ダメ!ただでさえ、このベッド翠の匂いがしてやばいんだから!」 「だからTシャツと短パンにしたよ。本当はもっとセクシーな下着にしたかったのに」  プンプン怒る私に、市野さんは何かを思い出したような顔をした。 「どうしたの?」 「前さ、透け透けのエロい下着で寝てた時、お預けくらったの思い出した」 「あれは市野さんが悪い。香水の匂いをプンプンさせて帰ってきたんだもん」 「反省してます」  何を思い立ったか、市野さんがキスキスキス。キツツキみたいな素早さに驚いて、私は何もできなかった。 「セクシーな下着はまた今度着てね」 「うん」 「あと、もう顔洗ったらすっぴんでいて」 「やだ」 「こないだはすっぴんで出てきたじゃん。元彼の前ではメイクしないでいたのにズルくない?」 「市野さんがノーメイクをブスとか言ったからでしょ」 「そんなこと言ってないよ!」 「言った」 「いつ?」 「西さんの水着写真見ながら言った」  心当たりがある顔をしてる。 「あれはそういう意味じゃなくて……」  思い出したら嫌な気分が蘇って、顔なんて余計に見せたくなくなった。だから、枕に突っ伏して顔を隠す。もう、このまま寝るからいいよ。 「ねぇ。俺、翠のこと一目惚れなんだけど」 「……」 「覚えてないでしょ?」 「……」 「もちろん見た目だけじゃないけど、顔もすごく好みなんだよ」 「……」 「ねぇ、聞いてる?寝た?」 「……」 「なんだよ〜。翠こそ、俺はタイプじゃないんだろ?ずっと王子様みたいな奴とつきあってきたくせに」 「誰に聞いたの?」  拗ねてみせたつもりみたいだけど、市野さんにそんな話はしていない。 「とにかく!すっぴんで十分かわいいから、そのままでいてほしい。俺だけって特別感を味わいたいです。じゃあ寝る!」  ごまかしたな。有希かな?彼女はそんなことまで話す気がしないんだけど。じゃあ、絵理香? 「本当にしなくていいの?」 「ケジメは必要」  硬くしないように自分をなだめることに集中してるのはわかってる。でも、だからと言って背中を向けて寝ることないじゃない。なんだか悔しくて、市野さんの背中に抱きついて寝ることにした。 「だ か ら !」 「はは。だって、いきなり老夫婦みたいでひどいんだもん」  私たちはそうやってあーだこーだ言いながら、お互いいろいろ我慢をしてやっと眠った。  なのに、翌朝、ケジメが聞いて呆れる姿で私は目覚めた。  Tシャツは首までまくられブラはずらされていて、市野さんは乳首をくわえたまま、もう一方の胸を自分の手に収めて眠っていた。何なの、この定位置。そして脚。私の脚の間に交互にねじ込んでぴったり合わさっている。こんなだから当然、市野さんの大きくなったモノが私に押し付けられていて、朝からお元気なことを主張していた。 (私が寝てる間に何をしてたんですか?)  聞きたいのに、本人はぐうすか眠ったまま。仕方がないから、そおっとベッドから出ようと動いたら引き戻された。起きてたの? 「おはよ」 「おはよう。ねぇ、何これ」  寝ぼけ眼の彼に、露わな私の姿について問いただす。 「うん」 「しないって言ったの市野さんだよ」 「うん」  寝てなかったのかな。目も半分閉じてしまっていて、伏し目の感じがすごくセクシーだった。乱れた髪を直してあげる。 「昨日はケジメの日だったからね。でも……」  急に市野さんが起き上がる。そして、初めて見せる速さで私のショートパンツを脱がし、しっかりと朝勃ちしてるソレを取り出した。 「今日はするよ」  そして、いきなり挿れようとした。 「えっ!やだ!やーーーーー!」  いきなりのことに焦って全力で脚を閉じる私と、力ずくで開こうとする市野さん。朝から何の攻防なんだか、お互いの必死さがバカらしい。 「なんで嫌?」 「だって、ソレただの生理現象でしょ?そんなの挿れないで!」 「そんなのって、しょうがないでしょ!男なんだから」 「やだぁーーーー!」  しょうがないにしたって、これからのことを決意した翌朝に、こんなムードの欠けらもないセックスしたくない! 「もう一生、翠にはコレしかないんだよ」 「だって、もー」  市野さんが正しい。市野さんの辞書にムードなんて言葉がないことを忘れていた私が悪い。 「翠が横にいるからこうなったの」 「嘘ばっかり!」  力いっぱい市野さんの体を押し戻す。ちょっと落ち着いて仕切り直させて!そんなことを考えて踏ん張っていたら、左手にはまった指輪が目に留まった。何これ?  ズブブブブッ……。 「もう!」 「ああっ……」 「こんなの、高すぎる」  指輪をしっかり見たい。なのに、市野さんは容赦なく私に腰を打ち付け始めた。 「まってまってまってまって」 「高くない。給料三カ月分に比べたら全然安い」  なんて昭和な話なの? 「市野さんはそうでも私には相応しくないって……。あっ。いや、はぁん……♡」 「翠に似合うと思って買ったんだけど、気に入らない?」  市野さんが選んだのは、フランスの超高級ブランドのダイヤモンドリングだった。形もデザインもため息が出るほど素敵。だけど……、 (男の人だけで、ここまで完璧な指輪は選べないでしょ)  誰が入れ知恵したんだろう?と、この後に及んでネガティブ極まりない考えが浮かぶ。それに、こんなにすごい物を身につけて過ごせるだろうか。指輪だって苦手で、普段からひとつもつけていないのに……。 「ネックレスも買ったんだ。翠、指輪つけてないから」 (なんかおかしい。急に気が利きすぎでしょ)  もう苦しい。激しく揺さぶられて、気持ち良さといろいろなドキドキが混ざって、うまく声を出せないでいる。 「はっ、やぁ……。いっ、市野さん……」 「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」 「待って待って待って待って」 「無理」  違うの、そうじゃなくて。 「結婚指輪は、私が買うからね」 「ははっ、わかった。早く欲しい」  汗ばんだ顔で市野さんが笑った。私はいつだって市野さんと対等な関係でいたい。 「うん、うん。うっ、あっ。はんっ、ああっっ……」 「ううっ……」  市野さんが私の中で果てる。私は体の上でうなだれる市野さんに自分をギュッと密着させて、髪に指を通した。ムクッと顔を起こしてキス。久しぶりの感覚が愛おしくて、この余韻にずっと浸っていたい。 「ダメ。まだ、このままでいて」  抜こうとするから、つい言ってしまった。 「うん?ははは、わかったよ」  再びぐうっと私の中に収まる市野さんに安心した。 「あとね……」 「ん?」 「ずっと好きでいてね」 「まだ心配?」 「うん」 「大丈夫だよ、俺たちにはアレがあるから」  市野さんがベッド脇のテーブルに置いた紙に目をやる。市野さんの誓いの書。あまりきれいではない字で、細かくたくさん、途中でスペースが足りなくなって文字が小さくなったりしながら綴られた市野さんの気持ち。  私は思い切り笑ってしまった。 (忙しい人なのに手を煩わせてごめんなさい) 「そうやって笑うの見たかった」 「えっ」 「俺の前ではいつも作り笑いだったから」 「そんなことない」 「ある。いろいろわきまえた、よそ行きの顔で笑ってた」  図星すぎて何も言えない。 「もう、そういうの無しね。飲み込まないで、何でも全部話そう。それで二人で解決策を練る」 「うん」 「俺が鈍感な時は冷蔵庫の紙書く」 「プッ」 「良し」  また、キツツキみたいなキスをされる。実はこれ、歯がぶつからないかとちょっと不安だったりする。 「市野さん好き」 「ああっ!」 「びっくりした。何?」 「“市野さん”はもうダメ」 「何が?」 「翠も市野さんになるんだから、名前で呼んで」  ジッと目を見て、私が名前を呼ぶのを待っている。 (男の人って、どうして名前で呼ぶことにこだわるんだろう) 「市野さんの名前何だっけ?」 「こらっ」  口をタコみたいにつままれていじめられる。 「早く言って」 「そういえば、市野さんはどうして私の名前を『すい』って読めたの?初めて会う人はほぼ全員『みどり』って読むのに」 「名刺に書いてあったからじゃない?」 「名刺渡してない」 「……」  メアドにも名前は入ってないのにどうしてだろう。 「いいから早く」  私の額に自分の額をくっつけて催促してきた。 「“怜、愛してる”」 「えっ?」 「“あなた、愛してる”もいいかも」 「今時“あなた”なんて言う?」 「じゃあ、怜がいい」 「うーん」 「はーーやーーくーーーーーー!」 「…………れ い」  歳を取ってからいつもと違うことをするのは、とてもとても難しい。でも市野さんは、私の強情の遥か上を行くしつこさと強引さをもっている。 「“怜、愛してる”」 「怜、愛してる」  更なる目標を達成した市野さんは満足そうにニンマリと笑って、またキスの嵐。そして、とっくにスタンバイOKになっていた自身で私をひと突きした。 「あっっ」 「今度は、どうしてほしい?」 「ん。ゆっくりがいい」 「うん」  コロンとうつ伏せにさせて、閉じた脚の間にゆっくりと市野さんが入ってくる。 「翠、これ好きでしょ」  耳元に息がかかる。全身を市野さんに包まれて体重を感じて、こうされると重いんだけど私はとても満たされる。やっとのことで頷いて、大きくなっていくいやらしい音に耳を澄ます。一方の市野さんはじっくりと優しく深く、私の体を攻める。これまでだって同じだけきつく抱き合って、同じだけ深く交わってきたのに、これほどに侵略されている感覚は初めてだった。 「翠、わかってる?」 「何?」 「今、危ない期間でしょ」 「え?」 「温泉で失敗してから数えてた。でさ、気づいたんだ。翠は妊娠しやすい期間は俺と会わないようにしてた」  本当に、どうしてそんな分析力。 「気づいた時はショックだったけど当たり前だよな。俺が無理やりしたんだし」 「私もいいって言ったから」 「誓って言うけど、もしもの時も無責任なことをする気はなかったよ」 「わかってる。はっ、あっ、ううっ……」  市野さんの“ゆっくり”の中には、ジックリとジットリとネットリが同居する。それに、なぜだか今日の市野さんは余裕があって、唇も舌も指も全部使って私の外側を愛撫した。もうやだ。全部全部、市野さんの好きにしていい。私は頭がぼおっとして体が痺れてしまっていて、市野さんが頭を支えようとするのをぼんやり感じるのが精一杯だった。 「翠、ちょっと激しくする」 「う、ん」 「かわいくて、たまんない」 「やだ……」  かわいいとか、私はもうそんな歳じゃない。 「はは。意地っ張り」 「はぁあっっ、うんっ……、やっ、気持ちいい……」 「これから、ずっと、こうやっていこう」 「はあうっっ!!!」  応えられなかったのは、ガブッと口を塞がれてしまったから。  市野さんの論理的で合理的な考え方と、市野さんと繋がり合う時の気持ちよさに私は溶かされてしまった。もしかしたら、彼の強引さとしつこさが面倒で反論する気が失せてしまったのかもしれない。今でも私の不安は無くなっていないし、考え方を変えた訳でもない。市野さんとずっと一緒にいるならば、自分でしっかりと地に足をつけて生きていくための方法だって調整しなくてはいけない。  面倒だし、不安だし、きっと失敗もする。その時、私はどうすればいいんだろう。だって、こうしてる間にも歳だけはどんどん取ってしまって、若い女性にしか価値がないこの国で私の価値はどんどん無くなっていくのだから。  だけど、今は思うことができる。市野さんみたいに空気を読まず、これだと思った方向に突き進むことも時に必要だ。市野さんには話してないけど、「一緒にやってみない?」と言ってくれたこともうれしかった。  だからこれからは、市野さんの前ではできる限り素直になって、たくさん好きと言って、幸せな時間を作っていきたいと思ってる。  あっ、違う!  市野さんじゃなくて、愛しの“怜”の前、ではね。
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