11 エピローグ 幸せの在り処

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11 エピローグ 幸せの在り処

ギシギシと軋む寝台に音にあえかで艶いた吐息が混ざる。 バルクは自らの腹の上に跨り妖艶に腰を振る番の艶っぽい姿を、目を細めて眺めていた。 ミカは胸の半ばまで伸びたダークブロンドの髪を乱し、瞼を瞑り快感に我が身を任せた悩ましい表情で腰を前後させ、バルクを翻弄する。時折赤い舌ををちらりと覗かせながら唇を舐める仕草はエロティックでしか無い。 煽られて腰を掴みあげると徐ろに下から強く突き上げた。 「あっんっ」 ミカのハスキーで色っぽい声は、30歳を超えた今ならではの艶美さだ。 バルクはその両手首を戒めながら攻め立てると、白い喉を見せるようにしてのけぞる。 相変わらず輝くような光沢のある肌、赤く色づいた乳首は反り返り、陰茎から滴る蜜を零しながら快感に没頭する姿はいつみても堪らない。 「もう、出すぞ」 「いやっ…… まだ。もっと。んっ……」 これで実は番を見つけたほど、大きな息子がいるなどとおもえない美貌だ。その証となる腹の傷だけが、勲章のように白いミカの身体を横切っている。 「ミカ、愛してる」 その言葉に瞳を開けると番は頬を染めて恥ずかしげな顔をした。 議会では論客として名高く、厳しく苛烈なイメージがつきまとうミカだが、バルクの前ではまだこんなに可憐な表情を見せることがある。 また惚れ直したバルクは上下を素早く入れ替わるとミカの白い腹の中で慣れ親しんだイイトコロを抉るように何度も楔を打ち込み、きれぎれの嬌声をあげさせていった。 あれから17年の歳月が流れていた。 相変わらず中央はオメガに寛容とは言えないまでも少しずつオメガやベータ女性、獣人ルーツの人々の社会進出も進んできた。 しかし国やその他の地域から視察団がおとずれるほどに発展した、ソフィアリが領主を務めるハレへとキドゥほどではない。 ハレへ・キドゥ領主ソフィアリをオメガであることであげつらうものは今はもう誰もいない。 彼は紫の香水という我が身のフェロモンノートを冠した神秘的な香水で、中央でもカリスマ的な人気を誇っている。 美貌、知性、財力とすべて兼ね備えたオメガのミューズのような人物となっていた。 そしてバルクたちも今年、ミカと番であることを議会で公表しようという決意をし、まずは家族と対話をすることにした。 それぞれの家族はみな賛成してくれた。あれからの二人の奮闘を知っているからだ。 家族の中で兄の子どもたちだけはそのことを知らなかったのでひどく驚いていたが。 後で聞いた話だが長男のクィートはその話をセラフィン経由で先に聞きつけたらしく、大慌てでランの顔を見にハレへにすっ飛んでいったらしい。ランに一目惚れして攫おうとして失敗し、メテオとラグに返り討ちに合って戻った来たらしい。そしてそのことが契機になり、息子のランは一途に思い続けた兄のメテオと番となったのだそうだ。 寝台から起きあがると、ミカは素肌にバルクのシャツを着たしどけない姿で、幼い頃のように双眼鏡を使って街を眺めていた。 若い頃ミカと暮らしたくて初めて借りたあの部屋にあったものを持ち込んだここは、やはり街の中で一番高い場所にある二人の愛の巣だ。 2年前やっと二人で住むことができることになり、バルクは思い切ってここを買ったのだ。 「何かみえたかい?」 カップに入れたお茶を渡すと、ミカは微笑んだ。 「あっちの方に海があって、ランが住んでいるんだよなあと思って」 「そうだな」 ミカは赤い唇に笑みをのせ、白い掌から花びらが開くように指を広げて誘い伸ばすと、差し出されたバルクの顎の無精髭をざりっと触ってその後唇にキスをした。 にいっと口元で微笑み、流し目しながらバルクから目をそらすとお茶に口をつける。 そんな一挙手一投足に相変わらず翻弄されるバルクだ。とにかく悩ましくて、色香が溢れる、美しい大人になったミカなのだった。 「ねぇ。僕の発情期、多分あと数年で終わるかもしれないっていわれてるんだ。……発情時期が人より早かったから。医者の見立てでね」 そばに立つバルクの腰に保たれるようにしたミカは、久々に少年の頃のように少し頼りなげにみえた。 「子ども、欲しいのか?」 バルクを見上げたミカはせつなげに眉を寄せて首を振る。 「今更僕がそんなこと望んじゃ駄目でしょ。ランを育ててあげられなかったんだから」 ミカは今まであえてランに親子の名乗りをすることもなかった。ランが新しい家族と幸せに暮らしていたからだ。しかしランがついにオメガと判じられたとき、本当に幸せそうかどうか確かめたくて…… 一度だけどうしてもたまらなくてアリアナの宿に泊まり会いに行ったことがあった。中央からの客の1人としてこっそり店に立ち寄り、名乗ることもなくひっそりと別れた。 彼はとても愛らしく、可憐で。自然な笑顔の似合う優しげな少年に成長していた。 「あの子はそんなことを気に病むような子じゃない。アスターと息子。ソフィアリたち。それにあの心が海より広いアスターの妻、偉人アスター・アスターに育てられたんだからな」 茶目っ気を出してそういうと、バルクは共に戦ってきた同志でもある番の、均整の取れた美しい身体を抱きしめた。 ミカはランを産んだのちは番を経て体調が年々安定し、身長もぐんぐん伸びて見違えるほど立派な若者になった。 もしかしたら最初からこの姿であったならばきっとみな彼をアルファと信じて疑わなかっただろう。 若き日のレネにも似た気品あふれる美丈夫に成長したのだった。 復学後は飛び級していくほど勉学に励み、父親のあとをついで若くして議会に入った。 母のアリソンは相変わらず田舎暮らしをしているが、番恋しさに引退したレネが半ば強引に押しかけていき、今は田舎と中央とを行き来して二人楽しく暮らしているようだ。 今思えば、やはりあのタイミングで番にならなければ二人が結ばれることはなかったのではないかとも思う。 その点では悪魔のようなセラフィンは愛を結ぶ天の使いだったのかもしれない。 「子を授かれるかどうかは、愛の女神様のお導きだが、次の発情期から試して見るか。こないだ審議した産休育休制度を身を持って使ってブラッシュアップしてくのも良いな。でもその前に……。無事に成人したランと番に、会いに行くことにしよう。ハレへの人びとにも多くの感謝を伝えたい」 目尻にセクシーな笑い皺をたたえたバルクに、ミカは満面の笑みで頷き応えたのだった。 店の定休日、新婚のランが青空の下農園で使った器具を洗い、他のオメガたちとともに干すのを手伝っていたら、ラグを訪ねて子沢山の家族がやってきた。 とても賑やかな姿にランがいち早く駆け寄って挨拶をする。 「師団長はおられますか?」 「ラグ様ならば、あっちの領主の館に今日はいると思います!」 師団長とは多分ラグのことだろう。軍人時代の知人が訪ねてくることは今までもなくはなかったことだ。 ダークブラウンの髪を、短く刈り上げた軍人上がりのようながっしりした父親らしき人物と、良く日に焼け、ソバカスがちりながらもとても品よく美しい顔立ちをした、白金髪の妻らしき女性。色とりどりの髪の毛をした子どもたちがキャッキャ騒ぎながら後から3人もついてきた。 ランは挨拶をして近寄ると、女性のほうがランに目をとめた。 「あら、あなたの瞳の色、私の目と同じね。この色の人ってとても珍しいのよ」 「ほんとだ!」 優しく微笑んだ女性の目の色はランと同じ金色のキラキラが入ったような暁きの空を写した橙色だった。 ランは生まれて初めて自分と同じ瞳の色を見た。 ……いや昔どこかで見たような気もするが気のせいか。 「サルへの街からアイル・ベラルが来たといったらわかると思う」 ラグよりは小さそうだが、身体の大きな夫のほうがそう名乗った。 そんな話をしていたらたまたまラグが大工道具を担いで農園の外れの方に歩いていこうとしているところが見えた。 この間柵が壊れたとみなから言われていた箇所を直しに向かうところだったようだ。 「ラグ様!」 「師団長!」 振り返ったラグをアイルとランが大声で呼び寄せる。 ラグは彼としては珍しく周囲がわかるほど相好を崩し、手を振りながらこちらにやってきた。 その足元には新入りのオメガの幼女が張り付いている。 「レーナ。ランのところに、行っておいで」 優しくその子に諭すと、レーナは夫婦が連れてきていた子どもたちに興味しんしんな様子で囲まれていた。 「アイル、よく来てくれた。また子供が増えたんだな?」 「ああ。発情期を飛ばしてたらこんな人数になりました。大きい奴等はもううちの商会で働いてます。仕事もだいぶ任せてこれるようになったからチビたちだけ連れて、こうして訪ねてこられました」 何がなんやらわからず、ランは二人の顔をおろおろとみていた。 「番のソフィアリは仕事で留守だが、家を手伝うものもいるからゆっくりしていってくれ。夕食にはソフィアリも戻るから」 家族とレーナと共にラグの館に戻るのと、ランが家事をしているオメガの少女とともに冷たいお茶を入れて皆に配った。 なんだかこの女性をみると不思議な感覚に襲われていたランなのだ。 気のせいか…… 少しだけ自分と雰囲気が似ている気がしたのだ。 じっと見てしまったらニッコリと微笑まれた。 「あらためて、お礼を言います。師団長、あのとき仕事を紹介してもらえて本当に助かりました。感謝しています」 そう言って夫婦ともどもラグに頭を下げた。 「いや、たまたまサレへの港に用があって立ち寄れてお前に会えてよかった。流通の仕事が増えてサト商会には人手が足りてなかったし、ちょうどサレへを復興させて海産物を中央に送る元締めを探していたから。お前に引き受けてもらえて良かった」 先の戦争で軍港だったために荒廃していたサレへでは人夫を多く雇っての護岸工事が行われていた頃だった。中央から仕事を求めて流れついたアイルはラグとは軍人時代に知り合っていたのだ。 「あの頃は家を飛び出して食うのに精一杯で……工事と魚の荷揚げの仕事でなんとか食いつないでました。まあ俺の取り柄なんてこの頑丈な身体ぐらいだったし。なのに子供も生まれて本当に無計画だったよな」 「そんなことはないだろう」 「そうよ。私のためにしたことなんだから……」 お盆を持ってキョトンとしたランに、アイルは人懐っこい大きな茶色の目元に皺をよせ微笑む。 「俺と妻のエリはベータとオメガのカップルなんだ。俺はエリを番にしてやることができないし、仕事があるから発情期にずっと付き合ってやることもできなくてな。そこで気がついたんだが、妊娠期間と人によっては授乳期にも発情期がなくなるからと、秘策として子沢山に」 そう言って夫婦は二人で豪快に笑い合っていた。子どもたちはレーナと庭に飛び出していった。 なんというかとにかく生命力に満ち溢れた、パワフルな一家で本当に明るく楽しそうだなあととも思った。いつかは自分もメテオと、こんなに風に明るい家庭をつくりたいなあと考えてランはひっそり頬を染めた。 「エリは本当だったら公爵夫人として、なんの苦労もなく生活できたのにな……」 「それをいうなら、アイルだって軍で戦歴も上げたから本当ならば中央で士官になっていたのに……」 そんなことを言い合うが悲壮感はなくお互いをからかっているような、気やすい調子で軽口を叩きあっている。 ラグは3人の様子を感慨深気な表情を浮かべて見守っていた。 「あの、ええと…… ベータとオメガでも愛し合って暮らしててお子さんにも沢山恵まれてにぎやかに生活してて。すごいですね。かっこいいです。僕も早く家族を増やしたいなあ」 ランは三人の座るソファーの端にちょこんと腰掛ける。 丸みを帯びた頬をバラ色に染めたランをみて、夫婦は愛しい子を見るように優しく目を細めた。 「師団長…… もしかしてこの子が」 「そうだ。バルクとミカの……」 その言葉に妻のエリは途端にランと似た橙色の瞳からポロポロと大粒の涙をこぼした。 「やっぱりそうよね…… そうだと思った。会いたかったわ。ラン。ミカに似てる……」 そういうと立ち上がってランの傍にやってくるとその手をとった。 近くによるとなんだか甘い心地よい香りがした。これは夫はいるけれども番のないエリのフェロモンの香りなのだとランはおもった。蜂蜜を入れたミルクのような甘い香り。エリの手は柔らかくて、でも手のひらはかさかさと固くて。そばかすが散った働き者の手だった。握られたら温かくて、ランはなぜだか目にじわじわと涙が湧き、胸がきゅんとしてしまった。 それは彼女の手が少し震えていたからかもしれない。彼女は潤んだ瞳でランをまぶしげに見下ろした。 「ラン、くん? 今幸せ?」 ランは潤み見るものを魅了する輝く瞳に、幸せを溢れさせたような明るい笑みを浮かべて首を立てに振る。そして大仰なほどに頷いた。 「はい。僕はいつだってすごく幸せです!」 その言葉を聞いて、ラグもアイルも、そして伯母であるエリも大きな喜びを持って同じように大きく頷いた。 ハレへの街ですくすく伸び伸びと。 街の皆に愛情いっぱいに見守られて育ったランは、今日も元気に楽しく暮らしている。 彼を溺愛する番ももう時期ここを訪ねてくるだろう。 ランの首から下げられたサンストーンのネックレスも呼応するように日の光を浴びて、キラキラと煌めいた。 終
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