2抗えぬ衝動

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2抗えぬ衝動

 ミカと会ったその日は、何故か心に満足感を得て外を出歩くことをやめ珍しく自宅へ帰った。  広い屋敷なので自室に戻れば他の家族と顔を合わせることはないのだが、今日はたまたま玄関前で外出前の父親のラファエロと鉢合わせした。  ラファエロの服装は喪に服すもので、バルクは目を細めて父に軽く会釈をする。 「どなたか…… ご不幸が? もしやカイト・ベラルの身内ですか?」 「知っていたのか?」 「いえ…… たまたま。カイトの様子がおかしかったので。委細は知りません」  ラファエロはバルクや他の兄弟とよく似た、しかし年齢のため少し褪せた青い瞳でじっと息子を見つめてきた。  子供の頃は真面目な兄と比べて厳格な父に怒られてばかりで苦手だったが、年の離れた弟たちが生まれてからはすっかり丸くなり気にならなくなった。 「数週間前、二人の息子のうち、兄のアイルが入水自殺を図ったそうだ」  その答えにはかなりの衝撃を覚えた。バルクは人と広く浅く付き合い、親密な友を持たずカイトは学友の一人に過ぎないとはいえ、あの姿を見て彼の苦悩が伺えた。 「ベラル公爵家に弔問に行かれるのですか?」  ラファエロは言い淀んだ。母は後ろから家令とともにやって来て、なにかいいたげな顔をしてこちらを伺っている。 「いや、レネのところに向う」  レネとはアナン公爵のことだ。身分で言えば父より高位かもしれないが、ラファエロは学生時代から学生全体を束ねる立場に置かれ多くの信奉者を抱えていたという。ずっと年下のアナンはそんなラファエロに傾倒してそれ以来年の離れた兄弟のような間柄だと母が昔教えてくれた。父は今でも彼を気にかけることが多い。  とはいえアナン公爵の子とバルクたちとの交流はとくにない。年が一番近いものが娘だったからというのもあるし、下の子は身体が弱いときいている。 「アイルは従姉妹のレネの娘とともに入水自殺をはかったようだ。湖を漂うボートと、身につけていたものが湖から引き上がったが遺体はみつかっていないと…… 状況から見て心中を予想されたそうだ。だいぶ時間は立ってしまったが、やっと密葬をしたらしい。レネも奥方もだいぶ参っているようだから様子を見に行く」  流石のバルクもさらに驚愕し、思わず母を見てしまった。青い顔をしたなよやかな母は、ふらふらと倒れ込み、父が抱きあげ退出を促しキスをすると、家令が支えて部屋に戻っていった。 「動機があったから心中と片付けられたということですね…… カイトは自分を責めているようでしたが」  父にかまをかけるようにバルクは尋ねる。  あの時カイトは自分のせいだと言っていた。  学校にはほんのひととき立ち寄ったのだろうが誰にも見られない場所で泣きたかったに違いない。 「レネの娘はずっとアイルと恋仲で婚約者だったが…… 娘がオメガと分かると親類が無理やり弟のカイトとの婚姻を推し進めたらしい」 「……アイルがベータだったからですか?」  それはあの陽気な男の人生に影をさすのか、それを栄光というのか迷うエピソードだった。  兄のアイルがベータ判定を受けた後、まだ学校での性別判定をする年齢でなかったのにも関わらずカイトは親族に判定を受けさせられ、結果アルファの判定を受けた。  そこからは弟を当主にすえろと親族の矢のような催促があり、まだ学生のカイトに退ける力はなく、兄は自分の意思で軍に入ってこの戦争に従軍したときいた。性別についてはセンシティブな話題であるが、口さが無いベラルの親族が社交界でそう触れまわっていたらしく…… そこまではわりと有名な話だ。  カイトはことあるごとに友人達に従軍した優しく強い兄のことを誇りに思うと自慢していた。大好きな兄だったのだ。  性差など関係なく、兄も素晴らしい好人物で、国を守るためその身をつくした。  しかし彼の親族にとってはそんなことは些末で評価に値しないことだったのだ。  貴族には未だにアルファ至上主義の感性が残っている。 「親族によって反対され……。次の発情でカイルの番にするため無理やり引き裂く計画をされていたのを耳にして。戦後こちらに戻ったカイルと二人で追い詰められた結果だと。酷いことだ。止められぬとはレネも不甲斐ない……」 「そこにカイトの意思すら無視、家畜以下の扱いですね。今どき性差で差別するなど下らない…… 自分たちの利権のことしか頭になく、国から与えられる金が切られたら生きて行くすべさえみつけられない。そんな奴らはみな古い体制とともに死に絶えればいい」  バルクは青い炎のように目をギラつかせて言い捨てた。彼本来のうちに秘めた情熱が久しぶりに表面に出て、父は眩しげに息子を見つめた。 「言葉が過ぎるが…… 真実だ。私はお前のその身のうちに秘めた怒りを買っている。バルクよ」  そう言って父は少し寂しげに笑うとバルクの肩に一度手を当ててからコートを翻してでていった。  あの日から一週間が過ぎ、立ち寄った店でもらった色々を詰めた紙袋を手に、再び時計台に向かうと、扉の近くにミカとその従者が待っていた。  明るいところでみると、ただの従者とするには身なりがよく、家令に準ずるような雰囲気の整った美しい面差しの若者で、きりっとした表情を浮かべてきつく見せかけながらも、どこか愛らしいミカとのコントラストは麗しい。 「なんだ、来てたのか」  わざとそっけなく接するとミカは傷ついたような顔をした。  年下相手に大人げない言い方をしたと反省し言い直す。 「もしかしてあれから、毎日来てたか? 待たせてごめんな」 「べつに……待ってない……」  そう言いながりもこのところ急激に寒さがましてきたからか頬が赤い。冬の装いに近いほどたくさん着こまされているからかもしれない。 「じゃあまあ、そこの彼には下で待っててもらって少しだけならいいぞ。窓から外眺めたいんだろ?」 するとミカは少しだけ迷ったあと頷いた。初めて会った時屋上から街を眺めていたから、てっきり街の高台に立つ時計塔から双眼鏡で街を見下ろす眺めを期待していたのかと思ったが違うようだ。 手を差しだしてやると素直に白い手のひら重ねてきた。サリエルと呼ばれた従者の男は眉をひそめて怖い顔をし、慇懃に釘を指す。 「ミカ様は先週から夜になると微熱を出されてばかりです。どうしてもここに来たいと参りましたが…… 無理はさせないで下さい」 そちらから押しかけておいてどういう了見だと言いたくなったが、確実に良家の息子なんだろうなと思う。 「サリエル、待っていて」 バルクは顔には出さずに僅かに目だけで肯定してから、一度繋いだ手を離し、塔の鍵を取り出して開け、再び柔らかな手をとった。そしてミカを伴い薄暗い階段を登っていった。 ミカの小さな掌は熱く、まだ熱があるのかもしれないと思うほどだった。 「熱出してたのか?」 「ちょっとだけ……」  窓に近い方のソファーの座席に腰掛けさせると、バルクも隣に座る。上目遣いにこちらを見つめてくる朱色の瞳の色は、今日は少し潤んで見えた。  年齢を聞きそびれていたがもしかしたら歳よりも幼く見えているのかもしれない。どことなく華奢で脆弱な感じもするし、壮健で他の子供より大きく大人びた双子の弟たちとは比べる対象にならなさそうだ。 「どうしてここに来たかったんだ? 上からの街を眺めたかったんじゃないのか?」  ミカは目を伏せて、首を振る。  今日も出してやったキャラメルをチロリと赤い舌でなめ、小さな口で嬉しげに頬張った。 膨れた薔薇色の頬が愛らしい。 「初めて自分一人で歩いて、入ってみようと決めて、この建物に登ってみた…… バルクみたいな大人とも初めて友達になれたから。また来たかった」 「そっか」  大人に見えるかもしれないがバルクもまだ学生だ。それでも少し歳の離れたものと友人になれて、自分がちょっとだけ大人に近づいた気がしたのだろう。バルクもはじめての夜の街に出て大人の友人ができたときはすっかり粋がったものだ。それに比べたら可愛いものだろう。箱入り息子のミカは、自分ひとりで何かを決めたりあの従者と離れて一人で出歩くこともなく生きてきたのだろう。きっと初めて自分で決めた外出が嬉しくて嬉しくて。 そしてバルクを友達だと思っていると。  あまりにも可愛らしい返答に、小さな友人となったミカを愛おしく思った。  お互い笑顔で見つめ合っていたら……  不意にまたあのサワーレモンキャンディのような香りが濃く香った。  真っ白な項に柔らかな緑色の襟巻きを巻き、早秋なのに外套まで着せられている。  見えないはずの首筋が気になって、切り揃えられた髪を少し持ち上げつつ、生え際ギリギリの子どもらしい滑らかな項に指先で触れてしまう。 びくっとミカが怯えたように震え、母親似でどちらかと言えば柔和なバルクの顔を恐る恐る見つめてくる。  バルクは我に返り、彼から手を離すと、紙袋をガサガサと漁った。  本当は乱雑に入れるようなものではないのかもしれないが、相手がこうして渡してきたのだから仕方ない。  たまにカフェの女給や下級軍人、その他店の店員でも、仲が良くなりそれなりの関係になったものになど、それもまた他所で仲良くなった高価でないアクセサリーを作る若い製作者から、沢山綺麗なものを買い取っていた。  こうして人へばら撒くように贈るものをたまに沢山仕入れておく。時にはハンカチや香水、ランジェリーの場合なんかもあるが、今日のものは紐と石やガラスなどを組み合わせたアクセサリーだった。  女性にでも時には男性にでも、送るとお守りのようにしてくれたり綺麗だと喜ばれるし、まあつまり、くどくのに使っている。  その中の一つにミカの目に似ている色石でできたペンダントがあったと思い取り出した。  手のひらにのせてやるとどうしていのかわからないのかしげしげと見つめている。 「かしてごらん」  薄い茶とオレンジの紐を組み合わせたものを編んで真ん中にオレンジで鱗粉のような、星屑のような輝きのある石がついている。  それに思い立って真鍮のこの塔の合鍵を紐に通してやった。  鍵を見たミカは、すぐに手に取ると、ぱあっと明るさが広がっていくような可愛らしい笑顔を見せた。 「この石はサンストーンというんだそうだ。見たときミカの目の色に似ていると思った。石の意味は……生きる元気がもらえるんだって。 鍵はここの合鍵。これからは下で待つと寒いだろうから…… ちゃんと内側からも鍵をかけて待っているといい」  ミカは途端に頬をさらに薔薇色に染めて嬉しそうな顔をした。  長い睫毛がふるふるとふるえ、口元はさらなる喜びを隠せないように綻んだ。  その姿を見たとき、バルクは自分の中でも何かが緩んで心に熱い液体のようなものがまかれたような……そんな心地になった。  次の瞬間、くらりっと小さなミカは後ろにかしぎ、ソファーに埋もれるように仰向けに寝転んでしまった。そして瞬間強まる檸檬に蜂蜜までぶちまけたような香りが。同時に抑制していたはずのバルクのフェロモンも漏れ高まる。 (まずい! まさかオメガのフェロモンが?!)  まさかこんな年端も行かぬ少年から発せられるとは思えないような、狂おしいほどの芳香に頭がグラグラと煮え経つ。  咄嗟に隣にあった飾り棚の引き出しの取っ手を掴み、中身を床にぶちまける。アルファ用の抑制剤の分包を入れていたはずだが中々見つからない。  白い薬紙で包まれた薬がガラステーブルの下に見えた。  手を伸ばしたが、あと少し届かない。  このままミカを連れて階下へ降りようと思ったが、まだ往来の多い時間、もしもアルファが通りがかったらこれほどの香り、すぐさまフェロモンに反応したラットいう興奮状態に陥りし、もろとも襲いかかられるかもしれない。  ラット化したアルファは凶暴にもなる。その場合、バルクとの生死をかけた争いになるかもしれない。普段から抑制剤を飲んでいるバルクですら薬を足さないとこの華奢な少年が欲しくて、今すぐ犯し尽くしそうになる。  ここは閉ざされた塔の4階。ここにいてやり過ごすほうが安全だが、その場合自分の理性を保ちつつこの不意の発情を抑えなければならないのだ。  ガラスのテーブルを押しのけ薬を掴むと、水すら取れないまま粉の薬をあおる。  噎せてしまうが仕方ない。涙目になりながらなんとか飲み込む。  距離を取るように座り込みながら床をズリズリと扉の方へ後退るが、これほどの高まりを経験したことがなくバルク自身なにかが身体から爆発しそうな衝動を感じた。  瞬間、正気を保とうと、先程一緒に床に落ちていたフォークが目に止まり、拾い上げ太ももに強く突き立てたが、その焼けるような痛みすら理性の手助けにならない。 「熱いっ!!! くるしいぃ!! 助けて。バルク!」  潤んだ瞳でバルクに両手を広げ、助けを求める姿を見たとき、もはや心身の制御はできなかった。このオメガを自分のものにしたい、独占欲で胸が焼け付く。  操られたように嫣然と微笑んだバルクは、獣のようにミカに多い被さり、泣いて叫んでいた赤い唇にむしゃぶりついた。  舌を絡め歯列をわり、上顎にそよがせるとミカは真っ白な膝小僧の細い足を蹴り上げるようにしてよがる。  罪深いことをしていると脳裏ではわかっていたが、美味いものを慾るように次から次に溢れる唾液が互いの口元からこぼれつたう。  んくんくと赤子が乳を呑むようにしてミカは、半ば唾液を零しながらキャラメルと煙草の味の混ざるそれを飲み干し、恍惚とした表情を浮かべた。 「きもちぃ…… 」  稚気な子どもだと思っていたのに赤い唇を濡らし、淫靡な表情を宿す。  まだ明るい日の光の中、鮮やかな瞳は罪深く輝いた。  吐き出すキャラメル味の吐息は甘く、舐め回した口元は柔らかくそれ自体がデザートのようだ。  こんなにもか弱く美しく淫らなものを見たことがなくて、バルクは器用に贈り物を紐解くようにミカの衣服を脱がせていった。  シャツの前を開き、ソックスと靴以外の下半身を覆うものをすべて取り去る。  身体は未成熟で細く、足の間は産毛程度で毛さえ生え揃っていない。すべてが子ども特有の柔らかさで、脆く、絶対に触れてはいけないと頭のどこかではブザーが鳴り響く。しかし細い二の腕をソファーに、押さえつけながらペンダントが呼吸のたび上下する胸の小さな小さな乳首にチロチロと舐め吸い付く。チュクチュクと音を立てると沢山喘いで泣き声で喚く。 「だめぇ。ぞわぞわする、こわいっ」  そんな声にさらに興奮が増した。  涙声が溢れる小さな口に人差し指の先を含ませて声を殺す。 「あぅっ あうぅ……」  くぐもる吐息にさえ興奮した。苦しそうで指を外すと甘い声を上げてさらに喘いだ。  噛みつきたくて少し括っただけで折れそうな項に吸い付き、しつこくしつこく舐めあげる。 「なんでぇ…… 僕、姉さまと違うのに……。おめがじゃないのに、姉さま、姉さまぁ」  たまに意識が戻ったようにしくしくと泣き濡れる。そのあえかな声に、虐めたいような心地が浮かびバルクはそんな自分に震えが走った。  しかし身体につられ、もう心までもが囚われたようにミカを求めて暴走していく。 「……お前、オメガだろ。……俺のものだ」  耳元でささやき貝殻よりも眩しく白いそれを舐め齧る。  信じられないほどの支配欲がバルクを突き動かす。ぎゅっと白いハイソックスをはいた両足首を掴みあげ大きく足を開かせた。 「きゃああ!」  頭が焼け付くほどの凶暴な感覚。  まだ幼い陰茎がふるりと揺れ、片手を離して宙吊りにするように乱暴し、真っ白で赤子のように柔らかな尻の狭間に手を伸ばす。  小さな窄まりはしかしオメガ特有の愛液に濡れほぞっていた。その指をわざと見えるように舐めとるとミカは残った羞恥から声を上げて泣いた。 「ほら、濡れてるだろ。オメガの証だ」  そう言うと小さな睾丸を片側ずつ口に含んで舐め上げたあと、泥濘む穴に舌を伸ばす。  すべすべとした太ももで頬をすられながら、その穴に舌を固く細くして差し入れ舐めほぐす。 「やああ。あん。いゃ、だめ…… あっ」  こんなに幼いのに甲高い喘ぎ声はむしろ女のそれに似ていて、耳にはご馳走のように甘い。  薬が少しずつ効いてきて、首を噛まないギリギリの理性がたもたれてたが、完全に屹立した陰茎を取り出し、埋めないではいられない。  今度は指を二本差し入れ、わざと引っ掛けるように小さな突起を探してぐりぐりと刺激する。 「あー!!」  背中が跳ね上がり、精通をしていたのかも怪しい小さな陰茎が震えながら立ち上がり、とぷとぷと蜜をこぼし果てた。  ミカは全身を艶めかしい桃色に染め、ぐったりして瞳をつぶる。  どのみち、ここまで来たらアルファの精を中で受け止めなければヒートは収まらない。  だから今すぐ犯し、このオメガを自分のものにしろと本能が悪魔のような声を上げて、腹で渦巻いて駆り立てる。  その時、扉が強く叩かれた。外にあの侍従が上がってきていのだ。 「ミカ様。そろそろ参りませんと」  声をあげようとしたミカの口元を塞ぎ、見開かれた大きな瞳を覗き込みながら一気に小さな後孔を貫いていった。  手のひらの隙間から絹を裂くような悲鳴がこだまし、いつもの習慣で内側から鍵をかけていた扉がガチャガチャドンドンと叩かれる。 「ミカ様!!! どうかしたのですか! 開けなさい! ミカ様!」  最後には扉を蹴り上げる音がした。 「煩い! そこで静かに待っていろ」  普段はしないようなアルファ貴族らしい尊大な声色でバルクは怒鳴り、ぐちゃぐちゃと音を立ててミカの蜜壺を犯す。 「ひぅ。あぁ! あん、あんっうぅ……」  ミカは白濁をさらにトロトロ撒き散らし、打ち上げられた魚のように何度もビクビクと震えながら犯され、小さな身体が浮くほどの勢いで突き上げられる。  その度初めて後ろでイク感覚に、心はついていけずに涙をこぼした。 「ああ…… 俺のミカ…… 俺のオメガ」  導かれるままに白い項に舌を這わせ、犬歯ごと唇を当てたとき、ドアノブが叩き壊され、男が中へ入ってきた。 「貴様!」  男の蹴りがバルクの背中に勢いよく入ったが、アドレナリンか噴出しているバルクはびくともせず、逆にアルファの威嚇フェロモンを撒き散らし、男の見動きを奪う。  しかし、その一撃のおかげで噛み付く寸前で止めることができた。流石に本人の意思を無視して番契約を結ぶことだけは避けなければならない。 ……このまぐわいは自体は事故だとしても。 「中に出せばおちつく、そこで指を咥えてみていろ!」 「あぅ、あ、あんっ」  身体の自由が奪われた従者は唇から血が滲むほど噛み締め、慈しんできた幼い主が犯されるさまを凝視し男を睨みつけていた。  切れ間なく喘ぎ声が上がり、大きく開かれた足を掴みあげ、バルクはソファーが軋み壊れるほど腰を振る。  スボンがずり下がり引き締まった尻が見えるほどに没頭し、汗が午後の日差しに光って落ちるさままでまざまざとみてとれた。 「だすぞ、ミカ。お前の中に……」  そう言うと再び唇を奪いながら大きく抜き差しを深め早め、ミカが柔らかな舌を力なく垂らしたのをそこも犯すように舐め絡めた。  互いの身体が大きく震え、ミカの檸檬のようなフェロモンとバルクのシトラスのような爽やかなフェロモンが溶け合う。  そして小さな腰を強く引き寄せると、すぐに溢れるほどの精液を注ぎ込んだ。  ほぼラットになりかけていたアルファの精子は長く長く射精を続ける。 すぐに引き離そうと立ち上がりかけたサリエルを目で制し、バルクはゆるゆるとミカのひだをめくるように犯し、少しでも心地よさを送ろうと腰を使う。 僅かに開いた瞳は宙を彷徨い、舌を少しだけだした小さな赤い唇は感じた快感の残り火を味わうように喘ぎつづけ、ついにすべてを搾り取った後孔はいつまでも、きゅうきゅうと無意識にバルク自身を、食んだ。  今まで体験したことのないほど、興奮し、感じ、そして怖ろしく背徳的な交接だった。  ずるりと自身を抜き取ると、ポッカリと空いたままになったミカの蜜壺からいつまでも限りなくバルクが放った白濁がこぼれ続け、サリエルは、絶望したかのように床に手を打ち付けると這いずるようにしてミカのもとに近寄り、その身体に縋って涙をこぼした。  バルクは逞しい半身を晒し、乱れたブロンドをかきあげながら、ミカにすがる男を興奮の抜けきらぬ瞳で見下ろす。 「……お前、ミカがオメガだと知っていたのか?」 「いいえ。見ての通り、まだ性別判定は受けるほど成熟していません…… もしかしたらとは母君は案じてらっしゃいましたが……・しかしこれは事故です…… わかっております。それでも私は貴方を許せません」  確かに自分がしたこととはいえ、ミカの痛々しい姿にこの侍従が怒り悲しむ気持ちもわかった。  しかし最善は尽くした。この状態で噛まずに要られたのは奇跡に近い。  オメガの不意の発情に誘発されラットした場合はアルファは罪には問われない。  しかしそんなことはなんの意味もなさない。  バルクは自分の犯した罪に向き合っていく決意をすぐに固めた。 「こうなった以上、ちゃんとミカの保護者に話をしに行く。ミカのファミリーネームを教えてくれ」 「いいえ…… 今はそれはなりません…… ミカ様のお立場上、ミカ様がオメガである事実は隠さなければなりません。……後生です。今回は事故からミカ様を助けたということで、ときが来るまでこのことは私達だけの秘密にしていただけませんか? この発情は突発的、多分これで止まるでしょう」  従者の意外な言葉にバルクは憤りを感じて唸るように言い捨てた。 「従者のおまえがそんなことを決める権限があると?」 「私は次期、家令になるものです。ミカ様を我が生涯にかけてお守りいたします。不利益になることはけしていたしません。お願いします。どうか今はミカ様のためにお引きください」  男は死ぬほど憎んているであろう主人を犯した相手に額づいた。  ただならぬものを感じ、バルクは大きく息を吐くと約束した。この場は一旦引くことを選択したのだ。自分自身今は冷静さに欠けると頭のどこかで理解はしていたのだ。 「わかった…… 少し頭を冷やしたい。でもミカが、望んでくれるならばまた会いたい」  言葉を区切ると、湧き上がるもう一つの可能性に苛まれる…… 「もしものぞまなければ……。俺のことは忘れてくれて構わない」  しかしそう告げたとき、サファイアのような両目から勝手に涙がぽたぽたと溢れて落ちた。  そんな自分自身に驚き、それを両手でそれを受け止め、意外そうな顔をした侍従と共に顔を見合わせた。 「すまない…… 俺自身混乱しているみたいだ。こんなにも狂おしい気持ちになったのは初めてで……。会えないと考えただけで愛おしさと恋しさで胸が焼け付く……」  そう言いながら屈んで、サリエル越しにミカのちいさな頬にふれた。意識のない顔は熱を出して眠っているような幼さで、こんなに小さな子どもに懸想する自分は狂人のような心地になった。しかしもうどう後悔しても遅い。バルクの心はこの小さな情人に完全に囚われてしまった。 「……もしも、ミカも俺と同じ思いを抱いてくれたならば、また、俺たちを会わせてくれ」  この見るからに不自由など一片もせずに育ったような美しい若者が煩悶する姿を見て、サリエルの脳裏に運命の番という言葉が浮かんでいた。  この世には強烈に惹かれ合う一対のアルファとオメガが存在するという。 ベータであるサリエルには、それが暴力的なほど抗えぬ悪の絆のように思えて震えが来るほどの恐ろしさを感じた。 「それは、ただ性フェロモンに惑わされているだけかもしれませんよ」  サリエルはそう言って取り出したシルクのチーフで気づかわしげにミカの身体を拭った。  バルクは顔を両手で覆いながら少しずつ戻ってきた理性からさらなる罪の意識に苛まれてソファーに腰をかける。しかしすぐに意を決したようにして身なりを整えた。  自身の着替えの入った立派な旅行かばんから柔らかなタオルや新しいシャツなどあるだけガラスのテーブルに置き、サリエルと共に、ミカの身体を清めてやった。  噛みあとがないというだけで、穢された跡は色濃く。自分の所業ながらまるで魔物にでも乗り移られていたかのようでフェロモンが人を操る恐ろしさと理不尽さを身に沁みて感じた。  日頃服用していた抑制剤すら役に立たぬほどの情動……。しかしもうそれを知ってしまったあとの人生はもうこの少年のことしか考えられない。  馬車に乗り込むサリエルが抱き上げていた腕の中の、血の気の戻らないミカの唇にキスを送り、その場は身を切られるような思いでわかれた。  別れ際、遠ざかる馬車を見てまるで半身をずたずたに引き裂かれるような心地になった。  またすぐに会いに行く。絶対に探し出してやると。あの瞳の色の心当たりを思い出していたバルクは、そう決意して踵を返した。  しかしその後二人が再会するまで間には数年の月日が経過することになるとは、その時は誰も預かり知らぬことであった。
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