喪失

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 一人になって考えてみる。霧雨さんに恨みは全くない。突然の失踪には驚かされたけど、寧ろ感謝している。何の取り柄も無い私に大きな舞台を提供してくれたのだから。  それに、ツアーはとても楽しかった。梢さんという新しい友達も出来た。  出来れば、ペインキラーの団員を続けたかったかな。  霧雨さんがテーマとしていた痛みを、ステージで表現することが出来ていたかという点では、疑問が残ってしまうけど……。  私はこれからどうして行けば良いのだろう。  はっきり言って、当ては無い。梢さんには、これからも練習に打ち込む、なんて強がってしまったけど、このままで良いのかと疑問は感じている。  この道で自立することは至難の技だ。何時までも母の保護下にいる訳にはいかない。  自立しなければ、今やっていることを人に語ることは出来ないだろう。母に面倒を見て貰っている状態でやっているのは、かっこ悪いよね。  こうして、色々と考えてはいるけど、一人で悩み続けていてもどうにもならない。  ここは、母に相談をしてみるしかないだろう。結局、今の私に相談相手なんて、母しかいないのだから……。  たまには私の為に時間を使っても良いよね。  母親なのだから。  私は母が仕事から帰ってきたら、思いの丈をぶつけてみた。  母からは、高等学校卒業程度認定試験を受けてみてはどうかと言われた。そうすれば、就職先の幅が少しは広がるから。試験に合格して、自立出来るようになるまでは、幾らでも甘えて良いよとも言ってくれた。  久しぶりに見た、母の真剣な表情と私に対する態度。  思わぬ回答に思わず目頭が熱くなってしまう。 「ありがとう。お母さん……」  耐え切れずに、胸の中に溜まっていた感情が、一気に溢れだしてきてしまった。  嗚咽を繰り返しながら、必死にお礼を何度も言う。 「親子なんだから。遠慮なんかしないでね。ようやく里緒が戻ってきてくれたような気がする。嬉しいよ」  お母さんに抱き締められ、柔らかい温もりの中、私の心は少しずつ落ち着いていった。  遅すぎた母とのコミュニケーションだったけど、今になって、ようやく親子に戻れたような気がする。  次の日から、パフォーマンスの練習だけでなく、勉強も始めた。  昔から勉強は得意では無かったから、悪戦苦闘の毎日だ。分からない事は、ネットで調べて何とか切り抜けてはいる。  時々、梢さんとも連絡を取ってお話をしたりもした。  相変わらず私の事を『蛇』呼ばわりするけど、いざとなると親身になって相談に乗ってくれるところがあり、頼りがいのある人だ。 「試験、頑張れよ!会場に蛇を持ちこむなよ。それから火も吐くなよ」  なんて変な事を言ってくるけど、何時も私の話し相手になってくれた。  お母さんの協力と友達に恵まれ、私は再スタートを順調に切ることが出来たのだ。
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