悪食

1/1
前へ
/33ページ
次へ

悪食

 あのお姉さんは生きている蛇の頭を食い千切った。今の見世物小屋では、それはやっていない。その代わりにゲテ物食いをやっている。ミミズ、蜘蛛、カブトムシの幼虫等、上げて行くと切りがない。要は、生きている昆虫をそのまま食べているのだ。  想い出すだけでも、背筋に寒気が走るが、逃げている訳にはいかないよね。  自分を奮い立たせ、近くの鬱蒼とした林に入り込む。  枯葉を捲り上げたり、木の根元を小さいショベルで掘ってみたりして、昆虫を探し続ける。ミミズを数匹とカブトムシの幼虫らしき物も捕まえる事が出来た。  それらを空き瓶に入れて、一旦、家に持ち帰ることにする。泥だけの昆虫を見ていても、とても食べる気なんて起きやしない。  水で洗って少しでも綺麗になれば、口に運ぶ気が起きるかな。 ピンセットでミミズを掴む。クネクネと動き続けるミミズに水をかけ、泥を洗い流していく。泥まで食べる気はしない。ミミズと幼虫を次々とピンセットで抓んで、水で泥を落としていく。泥を落としていく水を嫌うかのように、身体をクネクネと動かす様が、可愛く感じて来た。  今日、捕まえてきた昆虫達はみんな、水洗いした。ピンセットでミミズを一匹抓んでみる。  身体をクネクネと動かす姿をじっと見つめる。  大丈夫だよ。  一気に口の中に押し込めば。  一気に数回噛んで、胃の中に流しこめ!  出来ない……。  こんなに近くなのに……。  ミミズの動きにより生じた空気の流れによる圧が、唇に感じる程なのに……。  出来ないよ。  ここを超えなければ、私は変われない!  やるしかない!  ミミズを口の中に思いっきり放り込む!  口の中に一気に広がる、今まで感じた事のない臭みと苦み。  背中に痛みを感じるくらいに、身体がビクンと大きく震え、消化途中の朝食混じりの胃液ごとミミズを吐きだした。  饐えた臭いが漂う中、黄色い胃液の中で、ミミズが勝ち誇ったかのように、胃液と朝食の残骸を弾きながら、クネクネと動き続ける。  一線を超える事が出来なかった。  理性と言う名の高い城壁を乗り越える事が出来なかったのだ。  喉に焼けるような痛みを感じながら、圧倒的な敗北感が満ち溢れる中、何度も身体を大きく震わせたけど、涙を必死に堪えた。  これ以上、涙は絶対に流さない。  圧し掛かって来る悔しさに押し潰されないよう、必死に立ち上がろうとする中、ミミズがクネクネと身体を動かし続けながら、私の弱さを笑っているような気がした……。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加