鬼の顔

1/1
前へ
/44ページ
次へ

鬼の顔

 記憶にあるあの女は、鬼のような顔をしている。いつも鬼のような顔をしていた。幼心に私は母がとても怖かった。昔話に出てくる山姥(やまんば)鬼婆(おにばば)は、あの女に似ていた。  保育園で、お母さんの絵を描いた。  私の中のお母さんは、いつも鬼のような顔をしていたから、私は鬼を描いた。すると先生に驚かれ、新しい紙を差し出され、 「お母さんを描いてね」  と言われた。  目立つ怪我はしたことがない。私たち家族には、目に見える問題がなく、視覚化されないからこそ、表に出なかった。  恐らく保育士も近所の人たちも、私の家は「普通の家」と思っていただろう。  私もあの女が迎えに来れば、いつでも素直に後ろをくっついて行った。   ついて行かないと、捨てられてしまうから。  ついて行かないと、捨てられて死んでしまうって教えられていたから。  そして家のことを誰かに話すと、怖〜い鬼が来て殺されるよ、と聞かされていたから、家であることは誰にも言わなかった。  だけど「お母さんの顔」なんて、一般的なお母さんの顔なんか思いつかない。私の「お母さん」があの女だとしたら、それは鬼だ。  だから鬼の顔を描いたのに問題となり、更には保育士があの女にそれを言ってしまったらしく、私は家でひどく殴られ罵られた。 「お母さんの顔を描くように言われたら、ちゃんとお母さんの顔を描きなさい!」  と言われながら。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加