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第27話 スルト村Ⅰ
聖誕祭最終日。
最終日ともあってか、巡礼者や観光客で”神獣の足跡”は人でごった返す。まさか神獣の足跡で飲食をしてはならない決まりなので、さほど広くも無い村の人の密度はさらに高い。皆酒を飲み、食べ、踊り、大いに盛り上がっていた。
決死戦の負傷から2日前に全快した俺と父上は、目覚めたその日の内に迷惑をかけた村人や騎士団に謝罪回りを済ませ、その2日後の今日、俺は1人で村を歩いて回っていた。母上には万全を期し、聖誕祭が終わるまで森に行ってはならない、魔力を使ってはならないと言われたので、言いつけは守らなければならい。
これから村長宅へ改めて出向き、明日村を出る旨を報告しに行く。
村を歩いていると、ふとニットさんの店の前で足を止め、折角だしと店のドアを開けた。
「こんにちは。ニットさん」
「おお、ジン君! そろそろ来てくれる頃だと思ってたよ。もう怪我は良さそうだね」
「はい、おかげさまで。改めてご心配をおかけしました」
「それはもういいよ。一昨日精一杯謝られてしまったからね。そもそも僕たちは何もできなかったし。今日は武器のご入用かな?」
「はい。明日村を出立する事になりました。そのご報告と、あの…そのとおりです。毎年で申し訳ないのですが、舶刀を2本頂けますか?」
「そうかぁ…とうとう行くんだねぇ。まぁ、あれだけの覚悟を全員に示したんだ。誰も止める事なんてしないさ。舶刀2本、もちろんあるよ。というか毎年折るもんだから、ウチもジン君用に取ってあるんだよ。ちょっと待ってね」
「きょ、恐縮です…」
そう言うとニットさんは奥から舶刀2本を持ち、ついでにと傷薬を5つ、毒消し2つに増血剤1本を目の前に差し出した。
「あれ? この舶刀いつものと違いますね」
その刀身は金属特有のぎらつきがなく、優しい乳白色だ。表面が丁寧に磨かれているのが分かる。
「そうなんだ。これはアルクドゥスの爪を材料にした、よく切れて頑丈な逸品だよ。もう普通の鉄や合金ではポキポキ折られてしまうからね。特別に仕入れたんだ」
「ははは…ありがとうございます。―――ってアルクドゥス!? あの恐ろしい熊ですよね!? ふ、振ってみてもいいですか?」
「もちろん」
2本の舶刀を携え、その場で回転しながらシュンシュンシュンシュン! と四閃する。
「素晴らしいですね! 重さは金属製より若干軽いですが、この武器の特性を生かしやすい重さです。それに、空を切る感覚が以前よりも遥かに軽い。切れ味は間違いなくこちらの方が良いのが分かります!」
「さすがジン君。それに素振りも素人目に見てもとてもきれいだ。こっちではあまり人気のない武器だけど、長年愛用しているだけはあるね」
「ありがとうございます! 気に入りました! 全部でおいくらですか? こっちの傷薬諸々一緒に下さい」
ジャラッと金袋を取り出し、支払をしようとするとニットさんは手で制してきた。
「これは餞別だよ。お金は要らない。その舶刀を旅の共として連れて行ってあげて欲しい」
そう言ってニットさんは舶刀2本を提げる専用ベルトと、布袋に傷薬と毒消し、増血剤と手際よく入れて渡してくれる。
「ちなみに布袋はローグバイソンの皮だ。普段使いで破れる事はそうそう無いと思うよ」
「えっ!? そんな、悪いです! ニットさんいつも仰っています。『商売人は対価以上の価値をお客様に届けるのが使命』だと。何の対価もお渡ししていないのに受け取れませんよ! せめて少しだけでも」
「よく覚えていてくれたね。その通りだよ。さっきも言った通り、対価はジン君の旅立ちの共に連れて行ってもらう事。それに今、君はお客様ではないよ。生まれた時から成長を見守ってきた、息子も同然の子が旅立つ前に会いに来てくれた。こんな小さな店だし大したことはできないけれど、息子の旅立ち祝いだと思って、贈らせて欲しい」
「ニットさん…あ…ありがとうございます! 大切に使わせて頂きます!」
数秒頭を下げた。涙が床に零れ落ちないよう、必死に堪えた。
「行ってらっしゃい、ジン君。旅の無事と活躍を、この村で祈っているよ」
「はいっ! 行ってきます! ニットさんもお元気で!」
そう言って笑顔でニットさんの店を後にした。
静まり返る店内。ニットは15年前の神獣の日の事を思い出す。
(早いものだ。もう15年ですか…本当に立派に育ちましたね。ロンもジェシカさんも、さぞ誇らしいことでしょう)
見慣れた天井を見上げるニットだった。
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