第26話 母の戦い

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 しばらくすると、ロンとジンがほぼ同時に覚醒して暴れ出す。 「ぐ、ぐっ! ぐあぁぁぁ!」 「うわぁぁぁ!」 「ロ、ロン! 暴れてくれるな! なんて力だ!」 「た、多分、意識下で制御できる力を超えている状態だ! 火事場の馬鹿力ってやつだろう!」 「本当に馬鹿なんだよロンは! 無茶しやがって!」 「おい! 肩と腰にもう一人ずつ! もう一息で胸が塞がりそうなんだ!」 「おぅ!」  オプトと増血剤を飲ませ終えたコーデリアは全身を強化し、2人がかりで暴れ叫ぶジンを押える。 「ジンっ、ジンっ! 頑張るのです! ジェシカとアリアが必ず治してくれます!」 「痛がっている今が治り時だ! 絶対に暴れさせねぇからな!」  エドガーはアリアの集中を乱さぬよう言葉を発さず、ジンの左腕を持ちながら切断面を凝視している。アリアは目を閉じこれまでに無い、最も深い集中に入っている様だった。 (いいぞアリア! さっきより格段に早く治ってる! そのまま頑張れ!)  一方で 極光回復魔法(オーロラヒール)を放ち続けているジェシカには、だんだん疲労の色が見え始める。 (まだ…まだ…! ここで倒れては夫とジンに顔向けできません! 絶対に治し切って見せます!)  治癒魔法(ヒール)とは他の魔法と違い、使用される魔力は相手に自分の生命力を分け与えるパイプ役に過ぎない。魔力出力の大小で相手に送ることが出来る生命力の総量が決まり、それで対象の回復速度が決まる。  つまり、ジェシカは今2人の重症患者に対し、同時に大量の生命力を分け与え続けている状態なのである。魔力と生命力を同時に消費する魔法が治癒魔法(ヒール)であり、治癒術師(ヒーラー)が戦闘に極力参加しないのはこれが理由である。  無駄に戦って体力を消費し、回復の源である生命力を減らしている場合ではないのだ。  その後もロンとジンは覚醒と気絶を繰り返しながら治療され、ロンの胸の傷とジンの左腕がほぼ繋がったと同時にジェシカは力尽き、その場に倒れ込んだ。極度の緊張と、夫と息子の殺し合いともいえる戦いを見届けて擦り減った心が、ジェシカを長く立たせる事を許さなかった。 「ジェシカ!」  コーデリアはジェシカに駆け寄って抱きしめ、伝える。 「貴方の愛する2人は貴方に救われました!」  これを聞いたジェシカは微笑み、一言『よかった』とつぶやいて気を失った。  ここに、母の戦いも幕を閉じた。
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